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「いいね!」文化が時間を止める [みんなうすうす気づいている]

SNSというものが一般化して以来、「いいね!」という言葉が頻繁に使われるようになりました。
具体的には「どういうことがどんなふうにいいの?」と聞いてみたくなってしまうことがよくありますが、ネット社会のトレンド(?)にはなかなか抗えません。

「(失礼ながら)その程度のことで満足する」社会を見ていると、なんだか時間が止まったような息苦しさを覚えてしまいます。


そういう私も「素敵ですね」と申し上げていた時期がありました。

銀行員という仕事柄、融資先ではない方とお話しする時には「ほぼほぼ」の空気感を満たす当たり障りのない使い勝手のいい言葉でした。

ただ、融資したくなるようなこと(もの)には「素晴らしい!」といい、融資を断りたくなること(もの)には「それダメですよ!」とはっきり申し上げていました。

融資先の経営陣の中には、こういう私の言い切り型のスタンスを評価していただく方も多かったようです。


私自身は「昭和の時代に苦労なさって成功を遂げられた多くの皆さん」の薫陶を強く受けていましたから、「その程度で良しとするな」という強い思いがあります。

彼らは、「打ちのめされ」「立ち上がり」「なにくそ!と挑戦し」「工夫やイノベーションでいろいろと克服なさった」人たちでした。

そして「ローマは一日にしてならず」「必要は発明の母」ということも教えていただきました。

そんな昭和な価値観の私から見ると、どうも、あの「いいね!」という深みのない誉め言葉がしっくりきません。


最近、20代前半の若者とそんな話をする機会が相次ぎました。

彼らは「大学を卒業し、有名企業に入ったもののどうも違和感がある」というような様子でした。
具体的には、「かっこいい話をしながら、実態はコンプライアンスに反するようなことに無頓着な」組織や仕事ぶりへの戸惑いでした。
そこで私が育った「昭和」の話をしたところ、えらく共感されたのです。


2019年4月30日で平成も幕を閉じ新しい時代がやってきます。
彼らとは「元号が変わった時の主役は君たちだよ!」と言って別れました。


日本の産業社会が足踏みしたり、地方の活性化に勢いがないことについては「その話必要ですか?」と問うてみる習慣をつけたいものです。






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