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「お歳暮」を贈りますか? [みんなうすうす気づいている]

「お歳暮」の季節です。

と言っても、私の生活の中では「お歳暮を贈る」という歳時記はありません。
歴史的に見ても、「仲人に数回贈った」だけのような気がします。
※(頼まれ)仲人からは「贈らなくてもいい」と言われたので素直に従っています。


お世話になった人に感謝をこめて贈る
と言われても、「お世話になった都度贈っている」ので盆暮れに特別なことをすることはありません。
したがって「熨斗」も「お礼」と書くことはあっても、「中元」とか「歳暮」と書くことはまずありません。
妻の親にも「盆暮れだから贈る」ということもありません。
お菓子や季節の果物などをころ合いを見て贈ることにしていますし。。。。


貰うほうはどうなのか?
と言うと、(頼まれ)仲人をしたことはありますが、彼らには「そういうのいらないから」と先人の例に習って伝えているためもらう習慣がありません。

特に「銀行員」だったことから「倫理規定」意識が定着しており「他人様からものをもらう」ことにはとても慎重です。
お取引の関係がある方から「ものをもらおう」ものなら「倫理規定に照らして」という重たい気持ちになってしまいます
調子よく受け取っていると「内部告発」されてしまいます。

頂き物は返す
というのが徹底された職場だったこともあり、お客様からは「私がものをあげると困るのか?」と率直に聞いてこられた社長さんもいらっしゃいました。
そういう時には、倫理規定の内容を説明しはっきりと「困るんです」「もらってはいけないことになっています」と申し上げていました。
倫理規定」という言葉を使えば「そういう時代だからな」と皆さん理解していただきました。


ただ、お取引先が取り扱っていらっしゃる商品の場合はいただいていました。
こういう時は(味気ないかもしれませんが)「サンプルとしていただく」という言葉を必ず添え、「食べた感想」「使った感想」を担当者を通じて伝えるようにしておきました。

銀行の取引先の製品・商品には「梅干し」「海苔」「明太子」「お茶」「お酒」等々「お歳暮」コーナーに並んでいるものがたくさんあります。
こういうものはいただかざるを得ません。
お取引先の商品を確かめなければいけないからです。
「サンプルとしていただく」
「みんなでいただきます」
「実費をお支払いします」
「社内販売に協力します」
「記念品やゴルフ会などの賞品として買い上げます」
と「倫理規定」ぎりぎりのところで受け取っていました。


消費が振るわない」「デパートの売上が低迷している」陰には、こういう贈答習慣の縮小・変化というのもあるのではないでしょうか。


先ごろ、関西電力や福井県庁の職員の方々の原発マネー関連の贈答が話題になりました。
その受けとめ方はいかがなものだったのでしょうか?


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食品トレーの「くるりポイ」問題の解決策は? [どう受け止めたらいいのか]


スーパーの“食品トレー”は店内で捨てる? 持ち帰る?
という話題をニュース番組でやっていました。

お肉などの食品が梱包されている「食品トレー」を(清算後に)スーパー内でビニール袋に詰め替えて「食品トレー」をゴミ箱に入れたり放置して帰るお客さんがいてスーパーが困っている
のだとか。


私もスーパーにはよく行きますがそういう光景を見たことがありませんでした。
スーパーの店先で入れ替えるという発想もありません」でしたし、「そんな汚いことを」と思ってしまいました。

ところがネット記事を見るとかれこれ10年位前から取り上げられているようです。
妻に「近所のあのスーパーにはそんなお客さんはいないよな」と聞くと「いるよ!」との回答。
驚きました。

「ゴミ箱をなくす」という対策を取ったスーパーでは隠れたところなどに放置されるケースが増えてしまったという結果もあるようです。


スーパー内で詰め替える方の事情には、
過剰包装
無駄に家庭ゴミ増える
体積が増えかさばる
等々それなりにあるようです。

特に「仕事が忙しく週に1度スーパーに自転車で行ってまとめ買いをする」人には体積が増えるのは困りものというもっともらしい事情もあるようです。
~こういう人には「今度来店する時に持ってきてください」というお願いは効果がありません。


番組の中では「昔は量り売りだった」「入れ物を持って行って買ったものもある」等々後戻りするような懐古的な話をなさる方もありましたが、それが解決策になるとも思いません。

私には、
店先で詰め替えるなんて汚い
~食品が汚い空気に触れるし、汚れたトレーが放置されてしまう
そもそも、なんで「食品トレー」がいるのだろう
~かさばるのは事実
と素朴に思ってしまいます。


マイクロプラスチック問題に代表される「プラスチックごみ」が社会問題化しているこの時期、お「店側が悪い」のか「お客さんが悪い」のかという二者択一的な解決策ではなく、第三の回答はないものかと思ってしまいました。

例えば、
●極力「食品トレー」を使わない
~きっと「見た目がよくなる」という「売り方」上の要請が大きいような気がします
●過剰包装、過大包装を主張する方がいる方の事情に配慮して、
詰め替えコーナーを作る
「食品トレー」の洗い場を設置する
詰め替え袋は有料にする
「ゴミを減らす」のは社会的要請
と言ったことも考えていいと思います。


みなさんのご回答はいかがでしょうか?




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「税金の使い方」を知らずして「増税批判」はない [どう受け止めたらいいのか]

今年は消費税の引き上げがありました。
10月の引上げから2か月が経ったけれど、「税金が上がったので大変だ」という声はあまり伝わってきません

●「食料品」の多くが軽減税率の適用で8%に据え置かれたせいなのか?
●10%と計算しやすい数字のせいなのか?
●あきらめなのか?
よくわかりませんがあまり騒がれなくなってしまいました。


ただ、いったいどんなことに使われているのでしょう?

この一年日本各地を旅しましたが、
こんなことに使われているのか?
「地方創生」というわけのわからない無駄遣い(安部さんの対抗馬の地元に多いような。。。)
「昭恵さんが来た」というあきらめにも似た絶望感もいくつか聞きました

「そのくらいいいんじゃない」
とおっしゃる方も多いかもしれませんが、大きなお金を使われる政策は内容的にはよくわかりません。
逆に、「地方創生」のような小口の政策の「無駄遣い」ぶりは「常識」に照らせばすぐわかってきます

こういう「小さな無駄遣い」に目を光らせる癖をつけて行くと「税金の無駄使い」ぶりが見えてきます。
今話題の「桜を見る会」にしても金額的には小口の部類かもしれません。
ただ「塵も積もれば山となる」となってしまいます。

身近な「税金の無駄遣い」にNOを言う習慣が必要なのだと思います。





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「桜を見る会」と「叙勲・褒章」の個人情報 [どう受け止めたらいいのか]


ここのところ話題の「桜を見る会」。


「招待者名簿」が廃棄されたかと思えば、そんな中で出てきた名簿の「氏名」が黒塗りされていたり
なんでも「個人情報」に関係するからだとか。

ところでこの「桜を見る会」の招待客と言うのは、
功績
功労
があった人達だとか。
そういう人のリストは個人情報に該当するので「黒塗り」してみえないようにした
という説明があったような気がします。

正式な定義はよくわかりませんが、
「功績」とか「功労」と言うと、「叙勲」や「褒章」もそういう趣旨のものではないかと思います。
あるいは「園遊会」の招待者も同じようなものかもしれません。


たしか「叙勲」「褒章」の場合は「住まう都道府県」や「名前」や「肩書(職業)」のようなものは公開されているはずです。

なぜ「桜を見る会」の「功労・功績のあった」招待者のみ個人情報という言葉が持ち出されるのかよくわかりません

最小限で構わないので「個人を特定できる」情報は公開されてもいいはずです。
「勲章」や「褒章」の場合は功績や功労を称えるということで「お祝の会」も開催されます。

「桜を見る会」が「功労」や「功績」と言うのなら、国民みんなでお祝いやお礼してあげてもいいのではないでしょうか!


「そこまでは」とおっしゃるのなら「叙勲」も「褒章」も名前や住所地を伏せるべきでしょう。

私は、「叙勲」も「桜を見る会」も廃止すればいいと思います。
敢えて言えば「褒章」を残すということでいかがでしょう。




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公務員は「法令遵守」をしているのか? [少し政治的な話を。。。。]


「桜を見る会」「福井県職員ら109人 元助役から金品受け取る」
最近のニュースには「公務員」様がよく話題に上りますが、その仕事ぶりについて議論なさる方は非常に少ないようです。

公務員にもコンプライアンス(法令遵守)という言葉はあるはず
公務員には「倫理規程」というものがあるはず
公務員は税金から報酬をもらっている

という大前提があるはずです。
政治家は選挙で選ばれますので選挙民がリコールするなり次の選挙では投票しないという手段もありますが、「公務員」についてはほとぼりが冷めてしまうのを待つというのが実情ではないでしょうか?

すべて公務員は、全体の奉仕者であつて、一部の奉仕者ではない。
日本国憲法第15条第2項にはこんな風に書いてあったはずです。


「働き方改革」という言葉が定着した昨今ですが、「公務員さんはどんなお仕事をなさっているのか?」という点についてはさっぱりわかりません。


税金が上がるというと「反発」なさる方々は多いのですが、「税金が何に使われているのか?」については無抵抗の人が多いのには驚かされてしまいます。


(参考)
「国家公務員倫理規程」
https://elaws.e-gov.go.jp/search/elawsSearch/elaws_search/lsg0500/detail?lawId=412CO0000000101

第1条(倫理行動規準

一 職員は、国民全体の奉仕者であり、国民の一部に対してのみの奉仕者ではないことを自覚し、職務上知り得た情報について国民の一部に対してのみ有利な取扱いをする等国民に対し不当な差別的取扱いをしてはならず、常に公正な職務の執行に当たらなければならないこと。


第3条(禁止行為
 職員は、次に掲げる行為を行ってはならない。

利害関係者から金銭、物品又は不動産の贈与(せん別、祝儀、香典又は供花その他これらに類するものとしてされるものを含む。)を受けること

六 利害関係者から供応接待を受けること



第五条(利害関係者以外の者等との間における禁止行為
 職員は、利害関係者に該当しない事業者等であっても、その者から供応接待を繰り返し受ける等社会通念上相当と認められる程度を超えて供応接待又は財産上の利益の供与を受けてはならない。


地方公務員も国家公務員に準拠して定めてあるはずです。



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「桜を見る会」はやめればいい [少し政治的な話を。。。。]


「功績や功労のあった人のお名前が黒塗り」になっているような出席者リスト。
税金を使ってお忙しい公務員さんのお仕事を増やすような会が必要なのかどうか?
そう思わざるを得ないのが話題の「桜を見る会」です。

「やめて」困る人がいらっしゃるのでしょうか?

「70歳、80歳のおじいちゃん、おばあちゃんたちがうれしそうに新宿御苑に向かう。ものすごく地方に元気を与えてくれる会と思っている。そんな名誉なことを受ける方々が増えていくのは悪いことなのか」などと下関市長述べたとか。

上京できる資力と体力のある「山口県のお年寄りだけを元気にする」と考えたらもっと腹立たしくなってしまいます。

●そんなに効果的なものなら
●日頃、「東京一極集中」を非難されるのなら
各地方各地域でやればいいはずです。

開花時期が不安定な「桜のお花見」にご多忙な総理大臣様が日程を合わせるというのも不可解です。

●「総理大臣を囲む会」だとすれば「桜の季節でなくてもいい」はずです。
各地域ごとに「桜」にこだわらなく開催されればいいはずです。
ブロック毎に開催し、そのブロックの都道府県で持ち回りすればいいいいはずです。
●功績や功労のあった「芸能人」や「スポーツ選手」を呼ばなければいけないのなら出身地域ごとに散らばればいいはずです。

そういう大胆な議論をしてほしいのです。

胡散臭い税金の使い方はもうやめましょう




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「働く女性」と「イクメン」 [どう受け止めたらいいのか]

「ボジョレーヌーボー」という言葉も今では一般的になってきましたが、ニュース番組によると日本での売上高は減少傾向にあるそうです。

私のように「酒を飲まない」者には「酒飲みのネタ」とぐらいしか思っていませんが、「毎年11月の第3木曜日」が解禁日になるボジョレー地域の新酒(ワイン)ということで日本は主要な輸入国のようです。


言葉は定着したけどその状況がよくわからないということは世の中にはそれなりにありそうです

例えば「イクメン」。

「子育てに積極的な男性」というような意味合いの言葉は定着したけど具体的にはどんなことなのか伝わってきません。

女性の側の受け止め方もいろいろおありなのでしょうから「こうだ」と決めつける必要もないのでしょうが、「言葉の遊び」氾濫の昨今にありがちなマスコミ用語かもしれません。


私自身は
「あまり子育てに協力してこなかったな」
「主婦の仕事も手伝わなかったな」
という反省至極です。


最近ふと思ったのは、「働いている奥様は夕飯の支度をするのがたいへんだろうな」ということ。
仕事で嫌なことがあったり、残業があったり、そもそも疲れているのに、家に帰ったらご家族のために食事の支度までしなければいけません。

昨日は「勤労感謝の日」でした。
そんなことが今さらながらに頭をよぎってしまいました。
なんと気楽な人生を送ってきたことか。。。。。


いろいろな行政テーマも
困っていること
将来困るであろうこと
をもう少し類型化して潰し込んでいくことが必要かもしれません。




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「リヤワイパー」を使っていますか? [無駄の効用かやっぱり無駄か]


雨の日の車の運転は嫌なものです。
そこに夕暮れとか夜という条件まで加わったらもっと嫌です。


雨の日の運転で気になることがあります。
せっかくリヤワイパーがついているのに使っている人がほとんどいない
いや、皆無に近いものがあります。

初めて車を買った時以来「リヤワイパーがついていたらよかったのにな」と後悔というか憧れのようなものがありました。

次の次の車からはずーっと「リヤワイパー」のある車にしています。
最近ではそういう車もずいぶん増えました。


「なのに」です。
多くの人が使っていらっしゃらない。
後方視界は格段に良くなります

「無用ではない」ハズなのに。
操作が面倒くさいわけでもありません。
設計者の方も「使うことを前提」につけてあるはずです。


「だからどうした?」
と言われてしまったら答えに窮してしまいますが。。。。。

不思議です。




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「安倍政権」の評価~穴のあいたバケツで水を汲む [少し政治的な話を。。。。]

安倍総理大臣の在任期間は、11月20日で第1次政権から通算2887日に達し、憲政史上最長となったようです。


「政策評価」とか「人柄評価」は各所でなさっていますが、私の情緒的な評価はこんな感じです。

穴のあいた派手な柄の大きなバケツで乱雑に水を汲むがごとし


大きな水槽に水を入れる時のことを考えてください。

やはり「大きなバケツ」で水を汲んだ方が効率的で成果が早いような気がします。

ただ、そのバケツには所々に穴があいていたらいかがでしょう?
「大きな労力」と「たくさんの水」が必要になります。
しかも派手な柄のバケツですから見た感じは目立ちます。
周囲には水もこぼれまくっています。

安倍政権の政治ぶりはこんな感じです。
たくさんのお金を使って大胆に政策実行をするが、水漏れも多く、労力やお金の無駄が目立つ。
派手なパフォーマンスに目を奪われているうちに、「いったい何のためにやっているのだっけ?」と思わずにはいられないような。。。。

「少々こぼれてもたいしたことはない」というおまけつきです。

たしかに「水は水槽に入りました」が、そこまでやらなくても「身の丈に合った」バケツで堅実に水を汲む方が安心感があると私は思ってしまいます。


長年にわたり穴のあいたバケツで水を汲み続けている現状を憂いても、
ほかの道具は小さな「ひしゃく」くらいしかないので大きな水槽に水を汲むのには役不足です。
●中には「手ですくう」ような話をする人もいます。

さて、みなさんのご評価はいかがでしょう。

布のバケツでもいいので「堅実」という言葉が似合う「水汲み」の姿を見てみたくなりました


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「個人消費」は伸びないといけないのか? [へっぽこ評論家。。。。「なぜ?」]


経済政策を評価する指標の一つとして「個人消費」を挙げる人が数多くいます。


私はいつも素朴な疑問を持って聞いてしまいます。
個人消費は伸びないといけないのか?
ということ。


「団塊の世代」(1947年(昭和22年)~1949年(昭和24年)生)及びその周辺人口が高齢化し消費の質や量が変わってきた。
~日本人の人口の重心が高止まりしておりこの層はおのずと消費が鈍化する

「ユニクロ」や「100円ショップ」や「ネットショップ」など安価で良質なものが増え、価格ベースでは消費は増えない。

車に乗らない人、たばこを吸わない人、お酒を飲まない人等々、明らかに嗜好が変化している。

所得が増え休暇が増えた現在、海外旅行に行く人が増えた。
~国内消費に向かない

生活水準が大きく向上し、「生活向上投資」が鈍化した。
~大きなイノベーション(技術革新)がない限り、今の生活への満足感が高止まりしている。

「断捨離」の定着に合わせ「ものを増やす」のを嫌う人も増えています。

「ものを買えば」「ゴミが増える」という悪循環を嫌う人も増えています。

等々、「敢えてお金を使わない」人が増えているのも実情かもしれません。

また、「老後不安」「年金不安」の高まりがある中「積極的にお金を使え」と言うのも変な話だと気付いている人は多いはず。


こういった社会構造や生活環境の変化がある中で「個人消費を語る」ことが正しいのか?と思ってしまいます。


また、「消費統計」の中には「法人消費」(お金の出所が企業)も含まれています。
・企業では「経費削減」は永遠のテーマのような位置づけです。
・AIと交通の発達は「支店」や「出先」の減少・削減ももたらしています。
・「倫理規定」の定着の中では「中元・歳暮」などの贈答は大きく減り、かつ接待も小ぶりになっています。
※この部分をご存じないのは政治家だけかもしれません。


こういう状況下、
●いつまでも「消費が伸びる」ことを経済政策の重大な指標にしておく意義は何でしょう?
税金ばかりが上がっていくように見える世の中に「お金を使う」意義はあるのでしょうか?
所得は増えないが支出も増えない生活のどこが悪いのでしょうか?


「ものを買えば豊か」という発想を見直す時期に来ているのです。
●地方に行けば顕著ですが「補助金」という無駄遣いが放置されています。
~具体的効果がさっぱりわからない「地方創生」も最たるものの一つです。
テレビCMの必要な「ふるさと納税」に効果があるのか?
年代別の消費動向も検証してみる必要があるのではないか?
等々、「豊かな国民生活」とはなんだ!という原点を再確認あるいは見直す時期が来ています。


「経済統計」ってどんなもの?
という議論なく景気を語る人たちが多いような気がします。


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プロゴルフ「笠りつ子」さんの処分への違和感 [どう受け止めたらいいのか]


世の中には「不可解」なことも多い。

特に事情がよくわからないのに、ネットで話題になったりすると追随するようにマスコミが囃し立てることが多いからかもしれません。

最近では、「プロゴルファ―の笠りつ子さんの不適切発言による処分」というのが気になります。
私自身「一事が万事」という考え方が好きですが、その裏側には「筋が通っているかどうか」という検証も必要です。


今回の「不適切発言」事件の状況は、

①毎年、同大会期間中に風呂場のバスタオルが多数紛失するため、コース側はLPGAの了解のもと今年はタオルを置くことをやめた。

②当日、脱衣所で準備運動するためタオルを利用したかった第1組スタートの笠りつ子がコース従業員にタオルを要請。

③対応に当たった副支配人と「選手の皆さんにも連絡、告知されていたはず。タオルは出せない」「必要だから、出して」「出せません」と押し問答に。

④「バスタオルを置かないのなら、もっと脱衣所をきれいに掃除したらどうか。髪の毛が落ちてる」と難癖をつけたあげく、副支配人に「頭が固い。死ね」と捨てゼリフを吐いた

ということのようです。

(出典)「パーゴルフ+PLUS」(2019年11月07日)
 https://www.pargolf.co.jp/special/122914

「ルールを守る」というのがスポーツの基本ですから非難されるのはやむを得ません。
ただ気になるのは、
プレー中のルール違反ではない
処分の本質が「暴言」でありこれは「人間性」の問題
そもそも悪いのは「タオルを持ち帰る」人が多い
ということです。「一事が万事」と言うには筋が通っていません。


ゴルフのルールには「救済措置」と言うのがあります。
「タオル持参がルール」
だったとしても初めての取り組みであり「忘れてくる人がいたとしたら『貸出やむなし』」という救済措置があってもいいはずです。


「頭が固い。死ね」と捨てゼリフの部分だけが切り出されていて文脈がよくわかりませんが、「今回はこういうルールになっている。知らなかったのか?」と言ったやり取りがあるのが普通です。


彼女は、日本女子プロゴルフ協会から、
(1)厳重注意
(2)本年度開催の新人セミナー第1日目から第3日目の受講義務づける
という処分を受け、自らも、「一部試合の出場自粛」を行っているようです。

ただ、報道ぶりだけではあまりにも重たすぎるように見えてしまいます


引用のパーゴルフの記事では、
●重鎮である岡本綾子さんが「LPGAの選手教育」に苦言があったこと。
●岡本綾子さんの一文は、この事件は笠だけに限らず多数の人間がいわゆる“勘違い”をして、人気にあぐらをかき始めていることへの警告かもしれないこと。
LPGAから選手への事前連絡、掲示などに不十分な点がなかったのかにも疑問が残る。選手全員へのメール、SNSできちんと告知しておけば、こんな醜い事件も食い止められたかもしれないこと。
等々も論じてあります。


桜を見る会」話で「税金の無駄遣い」とか「行政行事の私的活用」とか「公職選挙法抵触の疑義」などが非難されているご時世ですが、そういうことへの報じ方、処遇の仕方と比べてみても経緯のよくわからない報道ぶりです。


「一事が万事」という言葉を向けなければいけない人たちがなんと多いことか!




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「犬」 を飲食店に同席させる人たち [どう受け止めたらいいのか]

ある「そば屋」さんでの出来事です。
待たされることも多い繁盛店です。


畳の席とテラス席(正確には外)ならどちらがいいかと聞かれたので「テラス席」を選んだところ、隣の席には犬を(乳母車のような)「ペットカート」に乗せた親子連れ(若奥様とお子さん)が食事をしなさっていました。

しばらくすると犬を抱えたご夫婦がその隣に。
私が食べ始めた頃には、また「犬を抱えた」若いカップルがそのまた隣に案内されました。
いずれもチワワとかトイプードルなどの小型犬でしたが。

席の柱には「ペットを座布団に座らせないでください」なる張り紙がありましたから、この外の席は「犬連れ」のお客様が多いようです。

案内する時にお店の人が一言でも説明してくれていたら選ばなかった席でした。


それとなく犬連れのお客さんたちを見ていると、「テーブルの高さに犬の顔がある」ことを特に気になさっていないようです。
たぶんご自宅では当たり前のことなのでしょう。


今では、犬連れも珍しくないのかもしれませんが、せめて「テーブルよりも下に」犬を置いてほしいなと思ってしまいました。

飼い主さんには「かわいい犬」でも、他人の私には今一つ好きになれない光景です。
こういう人たちは「花粉症」だとか「アレルギー」などとはきっと無縁な方たちなのでしょう。
犬に罪はなくても「そういう飼い主」さんと臨席することが不快だったりします。

ふと「盲導犬」のマナーのよさを思い浮かべてしまいました。
「時代が変わったことに合わせる」には抵抗のある出来事でした。


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バイクの「騒音」と「排気ガス」と「運転ぶり」 [どう受け止めたらいいのか]

最近の車は、総じて、
●音が静か
●排気ガスの嫌なにおいが減った
●運転もずいぶん丁寧になった
ということが言えそうです。

ところがオートバイはどうでしょう?
騒音はうるさい
排気ガス臭がする
ちょこちょこと走ったり、高速車両の間を縫うように走ったり危ない
と、まだまだ課題が多いようです。

かつてのように暴走行為を集団でする人はずいぶん減りましたが、
・高速道路での走行ぶり
・住宅地での走行ぶり
・山岳地帯のワインディングロードの走行ぶり
等には「もうそういう時代じゃないんじゃないの」という気がします。
「それがバイクの魅力なんだよ」とおっしゃる方も多いかもしれませんが、やはり「危ない」「臭い」がセットです。

例えば住宅地を走り回る「郵便局の赤いバイク」「ピザやの三輪バイク」にもこれでいいのか?があるようです。

「共存する」ためにはもう少し「バイクの側」が工夫する必要がありそうです。



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筋が通らない高齢者の発言~「飯塚さん」と「橋本さん」のお門違い [どう受け止めたらいいのか]

先週のテレビのニュース番組を見ていてなんとなく変だなと思ったことがありました。

一つは、池袋の交通事故の加害者:飯塚幸三容疑者(88)の次の発言です。

安全な車を開発するようにメーカーの方に心がけていただき、高齢者が安心して運転できるような、外出できるような世の中になってほしいと思っております


88歳の高齢、体調不良にもかかわらず池袋と言う繁華街の道路を暴走し母子を死亡させるなどしたドライバーの後日(11月9日)の発言です。

たしか肉声をTBSテレビで流していたはずです。
この期に及んで「こういう発言をするのか」「あなたは言う立場にはないのでは」「容疑者のと家族はこういう発言を許すのか」と憤りを感じてしまいました。


そして「88歳の高齢者が安心して運転できる車」などが必要なのでしょうか?
「自動運転」の車のことを意識しているのだとしたら違和感も湧いてきます。

「自動運転」の車が世に出て「彼のような超高齢者」がこういう車に乗って行き交うような世の中ってどんな絵姿なのでしょう?
「車」だけではなく「道路」も「発着場」も「駐車スペース」も今の世の中にあるものとは別のものができないといけないかもしれません。
こういう人たちが「病院」や「デパート」の玄関に降り立つ姿を想像すると社会インフラそのものまで変えていかないといけません。

「あんたのような人が車を運転することの方がおかしい」
となぜマスコミははっきりと宣告しないのでしょうか!

一人で出歩くことの方が不安ではないかと思われるような人ならばこそ、「公共交通」の充実あるいは即応性を訴える方がまだ救われます


なお、マスコミの取り上げ方も不自然なところがあります。

●「88歳の男が書類送検されました」と読み上げる一方で画面には氏名も肩書も出ています。
●そもそもこの肩書もいつまで背負わなければいけないのでしょうか?退任してからのずいぶん経っているはずなのにまだ以前の肩書がついて回っています。
●「遺族の男性らが記者会見」という表現も違和感に満ちています。画面には被害者の方の「夫」と書いてあります。「遺族の男性」ってあまりにも抽象的すぎます。


二つ目は、「ウェークアップ!ぷらす」(日本テレビ系 19.11.16(土)8:00~9:25)での橋本五郎(72)読売新聞読売新聞特別編集委員の「たいしたことない」発言です。

大阪府知事、大阪市長であった橋下徹さんとの今話題の「桜を見る会」についてのやり取りの中でのものでした。
かねてから橋本五郎さんの「優等生」的または「聖人君子」的発言が気になっていました。
彼の話しぶりはマイルドですが、結局は「丸め込むような」コメントに終始しているだけではないのかということです。

「桜を見る会」に出てくる金額は彼らからすると「たいした金額」ではないのかもしれませんが、もう少し本質を突く意見が欲しいものです。
安倍総理周辺できな臭い話が出るたびに、結局は彼のようなコメンテーターがマイルドに包み込んでしまって今日があるような気がします。


私自身「いつか行く道」ではありますが、こういう年寄りにはなりたくないと思った次第です。

「高齢者」と言うと弱者のようですが、この二人の発言には腹が立ってしまいました。


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銀行は「成功体験の塊」などではない [裏づけのない経営学]


「我々のグループは『成功体験の塊』だ。変われない逆に昔が災いして」。

これはあるメガバンクグループの社長が社員を前にしておっしゃった言葉のようです。
(出典:テレビ東京:WBS(2019.11.13))

ベンチャー企業のトップとのパネルデスカッションでおっしゃったものです。

彼は続けて、

「既存の枠組やルールでしか物事が見えないとそうなる」

「理屈を自分で考えて、それをもとに新しいものに挑戦しなければいけない」

「彼らがいかにパッションを持って仕事をしているか、新しく(事業を)作ろうと意欲に燃えているか見習わないといけない」

と。


テレビのニュース番組が伝える部分での発言ですから全体像はよくわかりませんが、

少し笑ってしまうのは、
トップ自らが「変わらなければいけない」とおっしゃる時は「あなたがいなくならないと変われないですよ」と言いたくなってしまいます。

組織というのは不思議なもので、組織の末端では「こんなのでいいのか?」と思う人は多いものです。
ただ「生活」や「組織のルール」などを考えるとなかなか「変わらなければいけない」と言い出しにくいものです。


つまり、トップが「変わろう」という時には「現状の否定」を丁寧にしない限り「変わる理由が見つからない」からです。

「現状の否定」をしないトップに「変われ」と言われても「なぜ変わらなければいけないのですか?」とか「どこを変えるのですか?」の素朴な疑問がわいてしまいます。


「パッションを持て」というのも同様です。
「成功」を求める人たちは皆さん情熱的です。「熱く語り」「自らマメに動く」ということがセットです。


私が経験したことで言うと、持続していく企業の経営者の多くは「このままではダメだ」「こんなやり方ではいつまでも続かない」と現状の検証や否定から必ず次のステップを目指されます。

その時に大切なのは、
●今までの成功体験の基本は何だったのか?
●基本は変わらない
ということです。

たとえば、
マーケットのニーズに受け入れられなくなったものはうまくいかない
「発想の転換」ではなく「基本の応用」である
ということではないかと思います。


銀行の成功体験の最たるものは、
規模メリットの追及
薄利の中での商売
抜群の信用力
慎重な取り組み
レベルの高い金太郎飴のような人材育成
だったはずです。


さてさて「どこをどのように変えて行かれる」のか楽しみになってきました。






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「箒」(ほうき)をもって外に出よう [一人合点の「いい加減な話」]


家にいる時は雨でもないかぎり「家の前の道路」をほうきで掃くことにしています。

●家の前が汚いのがいや
●運動不足解消
●人様にご迷惑をかけてはいけない
と言ったところが主な理由でしょうか。

今の季節なら「落ち葉」がいっぱいです。
自宅の前以外にも両隣あるいは斜向かい正面等々のご近所のお宅の前も掃くことにしています。
うちの「落ち葉」がご迷惑をかけているはずなので。。。。
明らかにうちのじゃないものやゴミもありますが「落ち葉」や「ゴミ」に罪はありません。


時間は気分次第でルーティンの時間は作っていません。
早朝はきっと誰かが掃いていらっしゃるようなので「私の場合は気がついたら」ということにしています。
そして溜まった落ち葉やゴミは塵取りですくって自宅のゴミ箱に入れます。


効果めいたことを言えば、
●家の周辺にいることで「不審者が減る」
●学校帰りの小学生の見守り(のつもり)になる
●気のせいか「ご近所の皆さんも掃除をする」ようになった
●ご近所の皆さんと顔見知りになる
●犬の糞尿が減った
●自宅周辺が小ぎれいになる
等々があります。

今回の青森の女子小学生が首を切られたケースでもそうです。
通学路にもっと人がいたら事件は防げた可能性もあります。

キレイな道路にゴミを捨てたり犬のフンをしようと言う方も減るかもしれません。
雪が降った朝は雪かきをする人が増えるかもしれません。

世の中では「自助」「互助」「共助」「公助」などと説く人もありますが、それは行政の側に立った人たちが都合よくいっている部分もあります。
また、住民の皆さんが「行政ばかりを当てにする」傾向にもなってしまいます。


私が言いたいのは「おせっかい」こそ「共助」の始まりということです。
特に高齢者の方に申し上げたいのは「自宅の前くらい掃除したら」ということ。

掃除もできない人には「介護」あるいは「いざという時のお手伝い」という情報もわかってきます。


わが家周辺では、
●毎朝お掃除なさる90歳越えの(一人暮らしの)奥様
●気がつくたびに箒で掃き掃除をなさる80歳越えのおばあちゃん
がいらっしゃいます。
よき先生です。
年長者が率先することで、若い人たちもいつの日か「そういえば」と思い出す日が来るかもしれません。


私が言うまでもなく「東京の住宅地は意外とキレイ」なのはうれしいことです。
「共助」と言うのなら「おせっかい」を暖かい目で見ていくことも必要でしょう。
災害の時だけ「助け合い」と言うのはなかなか難しいものかもしれません。


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おらが選挙区の「議員様は誰?」 [一人合点の「いい加減な話」]


何かと議員先生が話題になる今日この頃。
ふと「うちの選挙区の国会議員は誰だったっけ?」と思い返してみましたが、顔も名前も思い浮かびません。
選挙には確かに行き投票しましたが、「だれに投票したのか?」も思い出せません。

衆議院議員、参議院議員、都会議員、区会議員。。それぞれ同様です。
とにかく、
①日常生活の中で議員を見かけることはまずありません
②「広報」も読むことはありません
③そもそも「議員先生」にお願いするような個別具体的なこともありません

政治への関心が低いわけでもありませんが、こと身近な個別具体的なことに政治家に取り入ってもらうようなこともありません。

慶弔事に「議員先生の電報」を頂くようなことにもそもそも全く興味がありません。


よーく考えたら「区長」の名前も「住民票」などを取った時にフルネームを知るくらいなものです。

これでいいのか悪いのかよくわかりませんが、とにかく身近に「議員」という人がうろちょろしないのです。


おそらく「小池都知事」だけを存じ上げているという実情です。
ただマスコミを通じてですが。


みなさんはいかがでしょう?
「おらが国」と言いつつ実はあまり関係なかったりするのかもしれません。
政治的ビジョンも伝わってこないのにテレビのバラエティ番組に出演する姿をもって評価してしまったりなさっていませんか?

テレビによくお出になる議員先生や知事について「あの人仕事ができませんよ」と説明すると、「確かになぁ!」とか「そうだったのか」という返事が返ってくることも非常に多いようです。
なぜなら「マスコミがチヤホヤするのは政策や政治的効果とは関係のないことばかり」だからです。


さらに、「マスコミで取り上げられない人」あるいは「マスコミで批判的に取り上げられる人」の情報も正確なところよくわかりません。


議員先生の仕事ぶりを評価する手立てはないものでしょうか?
お一人お一人のSNSを当たるなんてそういう無駄なこともしたくありません。

議員先生の通信簿」が見たくなりました。


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住宅地の「緑」の寿命 [どう受け止めたらいいのか]

昨日は近所のお宅の生け垣の剪定をさせていただきました。

頼まれたのではなく、私の方から「運動不足なので刈らせてください」とお願いしたものです。
このお宅は普段は「お留守」。
近所にお住いのお嬢さんが道路回りの「掃き掃除」と「おうちに風を入れる」ために毎日のように通っていらっしゃいます。
大きなお庭でいつもは「植木屋」さんが入っていらっしゃいますが、今年はまだのようです。
「松」などの高級木や「高木」を除けば、素人でもある程度の剪定はできるものです。

最近はこんな風に「植木」の手入れがままならないお宅が増えてきました
・植木屋さんを頼むほどでもない
・そうかと言って自分ではできない
・人を頼めばお金がいる
という事情もあります。

季節に従って植木屋さんが入るのは相当のお金持ち。
多くのお宅の植木はそろそろ剪定してもいいころ合いです。


私は丸っきり素人ですが、
●自宅の庭の植木は自分で剪定している
●ご近所のお宅の庭が元気をなくしているのを見るのも忍びない
●こざっぱりとした庭が好き
●これからは落ち葉が増える時期
等々を踏まえながら傲慢にも「お宅のお庭の剪定をさせていただけないか」と声をかけてみました。
知り合いの皆さんには「しかたがない」的に応じていただきました。
これで2軒目です。
※素人の私の方からお願いしたこともあり当然お代はいただきません。


昨日のお宅はいつも鍵がかかっているので道路からできる範囲です。
それでも40ℓはいるゴミ袋に4袋くらいの分量になりました。
しかも小さく枝を切り刻んだうえでです。


「ヒートアイランド」とか「森が」とか「緑が」などとおっしゃる方は多いのですが、「お金をかけてまでお庭の世話をするのが困難になりつつある」ような気配です。
結果、ご近所から「緑」が減っていくのです。
「蚊がいなくなってよかった」「落ち葉が減ってよかった」と喜ぶわけにもいかないでしょう。
そんなことになったら東京の住宅地は味気ないものになってしまいます。

若い建築デザイナーの方の中には「緑を植えるのは義務でもないし」とおっしゃる方もいます。
不動産業者さんに聞けば「土がある家を嫌がる人も多い」とか。

「内水氾濫」「地球温暖化」「CO2排出」等々と新しい言葉は次から次へと生まれてきますが、一人一人もそういうことに小さな協力をする方策をとってもいいのではないでしょうか。。。

   IMG_1032-01.JPG

昨夜は満月でした。


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「R 1.11.11」を記念して [一人合点の「いい加減な話」]

昨日は令和1年11月11日でした。
並び数字にあやかって「明治神宮」にお参りしてきました。

IMG_0998.JPG

長くて広い参道を歩くだけでもなんか元気が出てくるようです。
「森林浴」「森林セラピー」等々を語る方々に教えてあげたくなるほどの雰囲気のいい「森」です。
東京のど真ん中で「森閑」を味わえるのも明治神宮ならではです。


「御朱印コーナー」に行くと、いつも以上にたくさんの人です。
並んでいる人たちの中には、「飛行機の時間に間に合わないのであきらめる」と列を離れる人もいらっしゃいます。
IMG_1003-01.JPG

「今日はR1.11.11」だからいつも以上に人が多いかも」
と私が言うと、
「え~、気がつかなかった。いい日に来た」
と私の後ろに並んでいた女性たちは喜んでいらっしゃいました。

このところの明治神宮と言えば、
●ずいぶん外国人観光客が多い
●御朱印に並ぶ人も多い
という特徴があります。


友人に「1.11.11だったんですよ」と言うと、「え~、ボーとしていて気がつかなかった。もうそんな日はもうないですか?」と。
「大丈夫。11.11.11という日がありますよ」
と言うと喜んでいました。
IMG_1006-01.JPG

ちなみに、来年は「2.2.2」という日もあります。
そう考えれば、「12.12.12」とかそれなりに「あやかり日」はあると思います。





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「スピードメーター」を見ていますか? [一人合点の「いい加減な話」]

「スピードメーターを見ていますか?」

と自動車ディラーの方に聞いてみました。
彼は、「あたり前ですよ。スピード違反をするのは嫌ですから」と不機嫌そうに答えてくれました。

なぜこんな話をしたかと言うと、私は「デジタルメーター」が好きなものですから、私が「この車にはデジタルメーター仕様があるのか?」と聞いたことから始まりました。

※「デジタルメーター」は速度が数値で表示されます。
いろいろな計器がデジタルで表示されるようになりましたが、「速度計」はアナログ表示(針が動くもの)が多いようです。

「デジタルメーター」の車に乗ると「やはりスピードを出すのは気が引ける」というのが私の正直な感想です。
一瞥しただけで今走っているスピードが目に入りますし、「スピード制限」と「走行速度」が一瞬にして結びつきます。
何よりも同乗者にも走行速度が見られてしまいます(見えてしまいます)。
この「デジタルメーター」にするとおそらくスピード違反が激減するはずです。


冒頭のディーラーの担当者さんがどんなにまじめな方でも「スピード違反をしていない」と言い切れるほどの運転ぶりではないと思います。

わが家周辺の道路は、制限速度が30㌔/時のところがとても多いのですが(中には20㌔/時のところもあります)、この制限速度内のスピードで走っている車がどのくらいあるのでしょう?
「低速で走ることはとても難しい」というのが私の実感です。


「堅苦しいことを言うな」とおっしゃる方も多いかもしれませんが、
●スピードさえ出さなければ大事故は激減するはず
●いわゆる「あおり運転」とか「車間不保持」というのはスピード違反と関係が強いはずです。

「魚が住まないほどきれいな水」がいいのかどうかはよくわかりませんが、「自動運転」などとおっしゃっていらっしゃる皆さんは「スピード設定」のことはどうお考えなのでしょう?


「高齢化社会」あるいは「車に乗る人が減る社会」になれば、「自動車の走行スピード」の議論がもう少しあってもいいはずです。
「自動ブレーキ」も有効・有用かもしれませんが「もう少しゆっくり走る車社会」が求められてもいいはずです。

スタート時に「アクセルとブレーキを踏み間違えた」というニュースがよくありますが、「なぜあんなに強く踏み込んだのか?」という議論は聞こえてきません。
オートマチック車であればブレーキを離せば車は動くのです。「スタート時にアクセルを強く踏み込む方がおかしい」という指摘も必要です。

「団塊の世代」を中心とした高齢者の皆さんはモータリーゼーションの発達や技術革新の中で育った人たちです。
彼らが車を選ぶ際には「ゼロヨン」(0-400m加速力)を意識した世代です。そういう人たちはスタート時にアクセルを踏み込む癖がついている人たちかもしれません。
おじいさん そんなに飛ばすなよ!」と思うような運転をしている人たちもよく見かけます。

公道はレース場ではない」ということをもう少し考えましょう。




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がんばれ会計検査院!~「税金の無駄遣い」と「いいかげんな予算」 [どう受け止めたらいいのか]


「お金がない」
地域のために「こんなもの(こと)があったらいいのにね」と言うと住民の皆さんから返ってくるのは「役所からお金がないと言われた」という言葉。


そもそも予算が立案された時にどのくらいの人が、
具体的な内容を理解しているのか?
本当に必要なことが予算に盛り込まれているかいないかのチェックをしているか?
と思ってしまいます。

地方に旅すると(しかも僻地に行けば行くほど)
これ誰が使うの?
いつまでこれ使うの?
維持管理は誰がするの?
コストはどうなっているの?
というものに遭遇してしまいます。
それができた時に喜んだかもしれない人たちも何年かするとかかわりも持たなくなっている人が難と多いことか。。。。


今年もまた会計検査院の検査結果が公表されました。
税金の無駄、18年度は1002億円 会計検査院指摘」(日本経済新聞 2019/11/8)
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO51938430Y9A101C1MM0000/

税金無駄遣い1002億円 ITや震災関連の指摘目立つ 会計検査院報告」(毎日新聞 2019/11/8)
https://mainichi.jp/articles/20191108/k00/00m/010/044000c


具体的な指摘事項やその対応策は皆さんで把握していただくとしても、
いったい誰がこういうことの責任を取るのか?
という素朴な疑問がわいてきます。

こういうニュースを報じるマスコミですら個別具体的な取り上げはやっていません。
どうせ税金だから
と笑っている人もいらっしゃるかもしれませんが、
目の前で、
税金が上がる
「困りごと」が改善されない
という現実があるはずです。


結局、責任を取るのは「国民」各位なのかもしれません。


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日本の山林と林業政策 [どう受け止めたらいいのか]

「紅葉」の話題が伝わってくる季節になりました。
こういう時は「山」とか「山林」に思いを馳せる方も多いと思いますが、「スギ」と聞くと何を思い浮かべますか?

今では「花粉症」ですっかり有名になった「スギ」ですが、日本各地を車で走ると「杉林」が多いのに気づかされます。
※「ポツンと一軒家」の周りにもスギ林がとても多いようです。

あるいは九州を襲った豪雨(九州北部豪雨(H29年7月)による土砂崩れでは「スギ」の木が崩れ落ちる光景をテレビが伝えていたはずです。

※私は「スギ」「マツ」「ヒノキ」の区別はできますが、広葉樹の区別はできません。


日本中の山林のかなりの部分を覆う「スギ」「ヒノキ」は、太平洋戦争直後の昭和20年代~40年代に植えられたものが中心でしょう。
ネット記事を検索していると、
日中戦争や太平洋戦争などによって大量の木材が軍需物資として消えたという事情がある。加えて、主要都市が戦争による木造住宅の損失被害を受けて、莫大な量の木材需要が発生。日本の山林からは、大量の木材が伐採された。
こうした木材不足を補う目的で始められたのが、国を挙げての造林だった
ようです。

しかしながら、なぜ「スギ」だったのでしょうか

●住宅用材として木材は欠かせなかった
●かつてはトラックの荷台やバスの床は木材製だった
●電信柱(電柱)にはスギ材が使われていた
●「杉葉」や「端材」は燃料用に使われた
●「杉皮」は屋根材として使われていた
という事情があったのかもしれませんが、終戦直後の需要というよりも、50年後ぐらい先のニーズに応えるものだったはずです。


「スギ」は「成長が早く40年程度で成木となり、伐採適齢期を迎える」らしいのですが、昭和94年の今は日本中いたるところに「伐採適齢」の「スギ」が育ち、材木業者の元気のいい声が聞こえているはずです。
ところが「製材所」なるものは見つけるのが難しいような状況です。
「木材」や「材木」を積んだ平積みトラックもあまり見かけません。


なぜ日本のスギやヒノキなどの木材が使われなくなったのか?」と事情通の皆さんに尋ねると、
●安価な輸入外材に取って代わられた
●住宅建築の洋風化
などを挙げる人が大多数を占めますが、


私が思うのは、
復員兵士の就職の場として「山林」(植林)が選ばれた
住宅用材として「スギ」「ヒノキ」をメインに考えたのは不思議。
~主に「スギ」は板材、「ヒノキ」は構造材ですが、この2種類が大量に植えられたのは不思議です。「柱」には「ケヤキ」や「カエデ」なども使われているはずです。
●大工さんによれば、「スギ」「ヒノキ」は加工しやすいとのこと。
●「スギ」はまっすぐに伸びることから「電信柱」用途も当初から想定されていたはず。
●「外材」が安価というよりも、日本の「スギ」「ヒノキ」の場合は、
よくこんなところに植えたなと言う急峻な斜面にも植えてある
「急峻な場所での作業」は機械化も遅れ、命がけの仕事になってしまいます。
「下草刈り」「枝打ち」「間伐」と作業工程が多すぎる
等々です。

「紀伊国屋文左衛門」の成功からちっとも抜け出せていなかったのではないでしょうか!


ときどき「『花粉のないスギ』の育種に成功した」的なニュースが報じられますが、日本中のスギやヒノキを切り倒して植え替えない限りその効果は即効的ではありません。


そもそも、
「スギ」や「ヒノキ」をまた植えるのでしょうか?
住宅用材としての「スギ」や「ヒノキ」の用途やマーケットはいかほどでしょうか?
●「サクラ」や「カシ」や「クルミ」なら床材や家具材としてもその用途は広がりつつあるようです。


「森」だとか「森林」だとかと囃し立てる皆さん
●「針葉樹」とか「広葉樹」の区別
●造林コスト
●産業としての林業
●「保水」「治水」などの役割の位置づけ
のことをご存じなのでしょうか?


林業が盛んな地域の皆さんに話を聞くと、
●「うちの〇〇杉は品質がいい」
●「植林してもシカなどが食べてしまうという獣害がひどい」
●「自伐型林業」では食べていけない
●そもそも「働き手がいない」
という話しをよく聞きます。


「造林」に詳しい大学教授に「いつまでスギを植え続けるのか?」と聞いたところ、彼は「お役所は頭が固いので」という行政スタンスの話をなさっていました。


この先生には、かつて慶応大学商学部の井原哲夫教授から私が聞いた、
『あなたいいもの着てるわね』という言葉の持つ意味は『いい素材の衣服を着ている』という意味でしたが、昭和60年頃を境に『着こなしがいい』という評価に変わっていった
という話しをしたら当惑なさったような顔色になられました。

木材にもこういう評価が強くなっているのではないでしょうか?


ところで先日焼失した「首里城」ですが、「木材」で建て直す必要があるのでしょうか?
基本構造はコンクリートで見える部分を木造にする」ということでもいいような気がします。


過日、青森・秋田を旅した時、「『高気密・高断熱』の家がいい」とおっしゃる方がずいぶんいらっしゃいました。
「木の家がいい」という声は聞こえてきませんでした。

今後の「建築素材」の過不足なども踏まえつつ「木材」の用途を吟味しながら「山林」政策「林業」政策を考えてみたらいかがでしょう。

山にスギやヒノキを植えまくる」ことが必要なのかという素朴な疑問の答えが出てきそうです。


<参考>
日本国民が払わされかねない林業政策のツケ
(2017年12月25日「東洋経済」)
https://toyokeizai.net/articles/-/201820


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「ふるさと納税」の点検を! [どう受け止めたらいいのか]


大きなニュースの陰に隠れて「泉佐野市のふるさと納税」の件が新聞の片隅に載っていました。

出典:読売新聞(2019.11.3)
https://www.yomiuri.co.jp/national/20191102-OYT1T50247/

「ふるさと納税」では何かと話題を呼んだ大阪:泉佐野市。
記事を抜粋すると、
●「2018年度、ふるさと納税で得た寄付金約300億円を、公共施設を整備する目的で設置された『公共施設整備基金』に積み立てながら、返礼品の費用などに充てていた」
●「約497億円を集め、約480億円を公共施設整備基金に積み立てた。同年度中に358億円を取り崩し、このうち約300億円を返礼品の費用や仲介サイトへの支払いなど、ふるさと納税関連の業務に充てた」
とか。
どうやら「集まりすぎたので取り崩して返礼品や仲介サイトの費用などに使った」ということのようです。

最近では「災害の支援金」をふるさと納税で集めるという姿もあるようですが、

ふるさと納税を行った者の税負担額の検証
ふるさと納税の目的と支出状況の検証
ふるさと納税コストの検証
返礼品提供業者の業績の検証
公務員のふるさと納税の実態の調査
などもやってみた方がいいのではないかと思います。

「ふるさと納税」と言うとなんだか「いいことのような響き」が伝わってきますが、実際は
税金が無駄に使われやすい
徴税コストが実は高い
無用な公務員が増える
富裕者優遇
返礼品提供業者の業績が安定しない
と言った課題が内在しているような気がしてなりません。





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「氷河期世代」って何? [どう受け止めたらいいのか]

最近よく聞く「氷河期世代」。
急に出てきた言葉なので私にはよくわかりませんでした。


厚生労働省によると、

概ね1993(平成5)年~2004(平成16 年)年に学校卒業期を迎えた世代を指す。
その中心層の35 歳~44 歳
●「正規雇用を希望していながら現在は非正規雇用で働いている者」は約50 万人
(35 歳~44 歳人口の3.0%)
●「非労働力人口のうち、家事も通学もしていない者(就業を希望しながら、様々な事情により求職活動をしていない長期無業者を含む)」は約40 万人
(35 歳~44 歳人口の2.4%)

https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_06487.html

彼らの特徴を見ると、
●この世代の一部はいわゆる「団塊ジュニア」と重なっている。
●彼らが就職に臨んだ時がたまたま景気後退期に当たっため就職に恵まれなかった。
●この頃は「自由な働き方」のようなものがもてはやされ「非正規労働」を自ら選んだものがいる
というようなこともあるようです。


大手企業に就職したこの世代の人たちの多くはその後「転職」ブームの主役となってグレードアップした職業に就きなおした人も多かったように記憶しています。


マスコミは今の現状だけで「たいへんだ」「被害者だ」的な伝え方をするかもしれませんが、「いつまでもモラトリアムが続いている人たち」という側面も見逃せません。


今は国を挙げて対策を講じているようですが、彼らに必要なのは、
●職業訓練を通じた得意分野づくり
●得意分野を活かす職業訓練
●「豊かな」育て方をされた「甘えの構造」の見直し
●プライドを捨てさせること
がセットでないとなかなかうまくいかないような気がします。


「就職氷河期世代」の主役の皆さんのお気持ちまでは察することができませんが、彼らが労働市場に出てきたら極めて頼もしい戦力になるはずです。
人手不足」なのですから。

「がんばる」ということが彼らに伝わるといいのですが。。。。


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いらない商売 [裏づけのない経営学]


そんなご商売が必要なのだろうか?

ということに出会ったり、見かけたりすることがあります。

先日わが家に飛び込み営業に来た女性のこと。

「アパートを建てませんか?」

と。
テレビCMでも見かける大手の業者の名刺をお持ちのようです。

「どこに建てるの?」
と聞くと、
「この家を建て替えて私どもとアパートを共同経営しませんか?」
という趣旨の話のようです。

「そんなバカな。今住んでいる家は取り壊すほど古くはない。他に空き地や遊休不動産があるわけでもない。新しく土地を買ってまでやるような事業でもないし、金利すら払えないよ。」
と言うと、
「そんなものですか?」
とも。

どうやら「わが家周辺」にローラーしているようです。


どう見ても「世の中に不要なお仕事」のようです。

「ここらあたりは新しい家や建て替えた家も多いし、そういう人たちが家を取り壊してアパート経営をなさるとも思えないよ。空き地や古家をお持ちの方に提案した方がいいのでは?」とアドバイスしておきました。


ある中小企業の中堅幹部と話していた時、彼が言うには「うちを辞めて同業者に転職した若者がいたが、1か月後にその会社に確かめたら、『もうやめた』様子」だったとか。

人手不足」「人手がいない」「後継者がいない
と言われて久しい時代になりましたが、本当に「人が足りないのか?」「後継者が必要なのか?」怪しいものです。


不要なご商売
仕事が続かない人
というのもあるはずです。


わが家を訪ねてきた女性がどういうお立場の方か存じませんが、たぶん「不要なお仕事」のはずです。




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大学の「学園祭」に行く [シュウカツ]


11月の最初の連休はいろいろな大学で「学園祭」があったはず。
私はこの学園祭が楽しみの一つになりました。

今年も母校でもない大学の学園祭を覗いてみました。
たぶん「学生目線」で見ればそれなりのお祭りだと思いますが、なんとなく年々規模が小さくなっているような気がします。

いわゆる「模擬店」や「スタンプラリー」には関心がありませんが、私のお目当ては「ゼミの研究発表」のようなお部屋です。

大学に通っていた頃のレベル感はさておき、「稚拙な中にも相応の関心事」を見つけたりすると学生さんにいろいろと説明を求めたり質問をしたり提案をしたりとかなり楽しめます。
私が毎年立ち寄る教室は「指導教官」の方も臨席なさっているので深みのあるお話を聞くこともできます。

他の来場者の様子を見ていると「この大学に入りたいので来てみた」的な親子の姿もあります。
そういう人たちがどんなやり取りをしているのか?
というのを耳をそばだてるのもなかなか面白かったりします。
今さら大学に行こうとは思いませんが、「オープンカレッジ」のような面白さもあります。


学生さんたちに「トークショー」のような形もやって「社会人」の声も聞いてみたらと提案しておきました。

学生さんたちに必ず聞くのは「皆さんは何年生ですか?」ということ。
3年生の学生さんが多いようです。
こちらは毎年行ったとしても学生さんたちは毎年新しい人たちなので今年以上のレベルを求めるにはなかなか厳しいのかもしれません。


かつて訪ねたある大学では「かべ新聞」のような展示で済ませている教室もありました。
「これは誰が作ったのですか?」と聞いてみると「かつて先輩が作ったものを使いまわしている」という返事でした。
さすがにこういうところは「クオリティは低い」というしかありません。
もういくつか寝ると「就活」戦線に向う若者たちです。
就職面接で話せるような発表やってみたらいかがでしょう



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「英語の外部試験」はやめればいい [みんなうすうす気づいている]

萩生田文部大臣の不用意な発言(?)から話題になった「英語の外部試験」のこと。
気が付けば「教育格差」問題にまで発展してしまったようです。


周囲に受験生がいませんので「英語の外部試験」のことは詳しく知りませんが、大学入試に「外部試験」が必要なのか?ということについては素朴な疑問はあります。

●必要なのは大学教育を学ぶ基礎学力
●かつては英語の外部試験を受けなくてもノーベル賞をとった人はいる
●英会話力が必要なら大学入学後に身につければいい
●英語力に外部試験が必要なら国語(日本語)力にも外部試験が必要

それに加えて、
●「教育格差」の争点が曖昧
●「教育機会の格差」であるのなら許容限度は何か?
●「地方大学」の充実やレベルアップに力を入れないのか?
●スポーツ(運動能力)にも能力格差や機会格差があるはずなのになぜ議論しないのか?
という疑問も湧いてしまいます。

さらには、
●今の地方の高校や大学が、地域活性化や地域貢献のような情緒的なことに注力している現実をどう見るのか?
●移住に力を入れている地方在住の大学生は「移住の促進」について勉強しようかと思っているなどと言っていましたが、人生経験の少ないものが学ぶテーマとしては重たすぎる。

と言う実情もあります。
もっと基礎的な学問をまず学ぶということが今こそ必要だと思います。

小さな自治体では「教育への行政の介入」度合いが強いところもあり、こういうところではそこの首長の好みが教育の現場に反映されすぎて、
●先生の中には「のびしろ」を見失っている方もいる
●生徒会活動やクラブ活動などの基本的な学校生活も体験できない
と言った学校も出てきているという懸念も生まれているところがあるようです。


英語についていえば、
●地方の学校にもネイティブスピーカーのスタッフが常駐するようになりました。
●今は、ネットの活用次第では幅広く・奥深く学習もできるはずです。


「教育格差」だけが独り歩きしないように望む限りです。







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「運転マナー」という一事が万事 [みんなうすうす気づいている]

「人の性格」というのは何気ないことで表に出てしまうものです。

自動車を運転しているとそんな風に思ってしまうことによく行き当たります。


例えば、

●スピードの出しすぎ(速度違反)
●車間距離の不保持(接近)
●歩行者や自転車を追い越す際の徐行
●黄色信号での交差点突入
●トンネル無灯火
●方向指示器を出さない
●むやみやたらのクラクション
●割り込み
●割り込ませ(割り込んで来ようとする車を入れてあげる)
●携帯電話をかけながらの運転
●喫煙しながらの運転
●車体のキズやへこみ
●駐車余地の取り方
●駐停車違反
等々。。。。

そこで私が言いたいのは、「トンネル無灯火」の人は「方向指示器を出さずに車線や進路変更」をしたり、「車間距離を取らない」運転ぶりであったりと、「一事が万事」のごとく複合的であるということです。


自分の運転ぶりはさておき、人様の運転ぶりを見ているとその方の生活ぶりまで思い浮かんでしまうようです。


私はこの2年間で約40,000kmを越える距離を車で移動しました。
通勤通学には使っていませんので、それなりに多い方ではないかと思います。
すでにタイヤ交換もしました。

そして、奈良県を除く本州の都府県及び四国4県を走りました。
高速道だけではなくそれぞれの都府県の一般道も走りました。

ある地方で若い警察官の方と話していたら、
彼が言うには「東京の人は運転マナーがいいスピードもあまり出さないし、クラクションもむやみにならさない。そして、合流などの時は必ず入れてくれる。」と。

彼は、2年ほど東京勤務があり、その時つくづく実感したそうです。
一人一人を見ればそんなこともないかもしれませんが、一般的な傾向で言うとそんな感じかもしれません。
たしかに「地方の方は飛ばす」という印象があります。


運転と言えば「自転車の運転」もありますが、東京の方の自転車の運転ぶりは「無茶苦茶」という傾向も強いようです。
特に、お子様のお迎えに向うママチャリ(電動アシスト自転車)の暴走にはしばしば閉口してしまいます。

人のふり見てわがふり直せ
自らに言い聞かせたところです。





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「女物」と「男物」を取り違えて買ってしまった [一人合点の「いい加減な話」]


たぶん初体験です。

「男物」のシャツのつもりで買ったのに、帰宅して試着してみるとボタンの位置が違います。
つまり「女物」を買ってしまいました

※今の時代「男物」とか「女物」などという言葉もないのかもしれません。

よく行くお店のチェーンなのですが、いつもは自宅の近所のお店で買うものですから、「男物」「女物」の売り場の区別は身体で覚えています。
ですから「女物」とか「男物」などと確認することもありませんでした。

昨日は、たまに行く横浜のお店で買いました。
頭の中には「男女」の区別などついぞありませんでした。

レジでも「女性用ですがいいですか?」などと気の利いたトークもありませんでした。

振り返ると、昨日はいろいろとボーっとしていた一日でした。
パトカーも白バイも取り締まり中のおまわりさんにも何度も遭遇しましたが、何もなかったのが不思議なくらいです。


家内に、「これ着る?」と聞くと「着ない。持って行ったら取り替えてくれると思うよ」と冷たい返事。

今日は、また横浜までドライブとシャレこもうと思います。

ちなみに、東京~横浜は意外と近く、第三京浜を使えば1時間もかかりません。距離にして往復50キロくらいです。
3連休は横浜ドライブから始まります。



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東京五輪:「マラソンの札幌変更」と「マスコミの小池都知事バッシング」と「招致責任」 [どう受け止めたらいいのか]

オリンピックの東京招致が決まった時、さほど感激も感動もありませんでした。

その時は、
なぜ今オリンピックなの?
~オリンピックよりも先にやることがあるはず
国立競技場はどうするの?
~十分古かったはずです
熱い8月で大丈夫?
~当時から心配されてました
「おもてなし」って何?
~「自分で言うなよ」です

招致が決まった当時は、
復興五輪
コンパクト五輪
などと掲げられたはずです。


ところでどうでしょう。
新国立競技場の設計者変更
に始まり、サブトラックのない競技場が出来上がり、
そして、今になって
東京の夏は熱すぎる
アスリートファースト
等々。


昨日(19.10.31)のテレビのワイドショーを見ていてびっくりしたのは、番組の中で、

オリンピックには政治が介入してはいけない
~招致には安倍首相もスピーチし、組織委員会の会長は森喜朗元総理大臣、副会長の一人には遠藤敏明議員も名を連ねています。
https://tokyo2020.org/jp/organising-committee/structure/officer/
また、内閣には五輪担当大臣も設置されています。
これで「政治が介入してはいけない」などとよく言えたものです。

小池都知事を小ばかにしたような発言の数々
~「ふざけるな」としか言いようがありません。意図的に小池都知事を悪者にしようとする意図が見えてしまいます。


私は都民ですが、小池さんが知事になって以来、東京の行政が柔らかく伝わってくるようになったと感じています。
内田某に牛耳られていた都政が都民の方に近寄ってきたような気がします。

そこまで言うのなら、招致した人たちの「招致責任」も問うべきでしょう。

都民の多くは、マラソンが東京で行われようが札幌で行われようが最終的にはそれほど反対はないと思います。
マラソンが東京で行われないことが生死を分けるような問題ではないからです。
ただ、マスコミの報道スタンスだけは許せません。


●来年に控えたと知事選挙への思惑もあるのでしょう
~私は小池都知事で困っていません
●柱のない民主党を分断させた「希望の党」構想への恨みつらみもあるのでしょう
~その程度の政党だったのです

しかし、「オリンピックに政治が介入してはいけない」というコメンテーター氏に代表されるように、「政治介入」のように見せているのはあなたたちマスコミの皆さんでしょ!と言いたくなってしまいます。

もし、今回のゴタゴタや不手際を問うのであれば「組織委員会」ではないのか!

そして、「オリンピック」にこだわることなく、サッカーやラグビーなどで顕著なように「ワールドカップありき」でもいいのではないかと思います。


税金が上がろうが、老後の生活が不安になろうが、災害が起ころうが囃し立てることしかしていないマスコミのあり方にも素朴に腹が立ってきます。


今回の台風災害でボランティア不足を呼び掛けるテレビ番組の進行役の皆さんに申し上げたいことがあります。
あなたたちも行け!
と。


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