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かつて起きていた「パリでのテロの話」 [無駄の効用かやっぱり無駄か]

私が初めてパリを訪れたのは、昭和61年3月末の頃でした。

イースターの休暇の時期と重なっていたこともあり、夜のパリの街はたくさんの人出がありました。

ところが、街にあるお店やバーで爆発騒ぎに何カ所かで出会ってしまいました。
不思議なことに、パリの夜遊び人の皆さんは驚きもせず、お酒を飲んだり、そぞろ歩きを楽しんでいます。

あろうことか、その翌日はオペラ座の前で車が爆破されようとしていました。
車の周りには遠巻きに人囲いができていました。

しばらくすると、このオペラ座の前の車は車内に隠された爆弾がパーンという音とともに爆発しました。


同伴していたパリ在住の知人によれば、
「実は、ユダヤ系のお店や車が爆破の対象になっている」と。。。。

いわゆるアラブ系のテロです。

※(私の想像では、当時フランスは「アラブ系の国に兵器を売っていた」関係で、)パリの街には、アラブ系の移民の皆さんが多数いらっしゃいました。


ところで、今回の殺戮テロはどうだったんでしょうか。。。。

基本はユダヤ対イスラムという構図のようですが、ユダヤ限定ではないかもしれません。
パレードに参加した40か国の首脳の中にはイスラエルもパレスチナの首脳もいらっしゃったはずです。

「イスラム国」という存在が明るみに出て以来、「かつての単純な構図ではないな」と思えてしまいます。

困ったものです。
さて、対策や如何に。。。。

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