「情緒」が消えていく日本語 [どう受け止めたらいいのか]
麻生副総理の「おばさん」という言いまわし
私は大人の対応でいいレベルではないかと思います
「おばさん」は悪くて「おじさん」はいいのか?
などと言う批判まで出てきました。
こうなってくると「おばさん」も「おじさん」も使うな!
的な文化になってしまいそうです
今回は麻生さんが使った文脈(使い方)がおかしかっただけのことでは
このままでは使える日本語が減り情緒のない日本語だけが残ってしまいそうです
落語や映画などはどうなってしまうのでしょう?
私は大人の対応でいいレベルではないかと思います
「おばさん」は悪くて「おじさん」はいいのか?
などと言う批判まで出てきました。
こうなってくると「おばさん」も「おじさん」も使うな!
的な文化になってしまいそうです
今回は麻生さんが使った文脈(使い方)がおかしかっただけのことでは
このままでは使える日本語が減り情緒のない日本語だけが残ってしまいそうです
落語や映画などはどうなってしまうのでしょう?