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「新型コロナ」と「マスコミ」の語り方 [新型コロナ]

「新型コロナ」については、時間の経過とともに、「不安はあるがなんとなく深刻度が薄れてきた」ような気がする今日この頃です。

現に日本各地では新規感染者の数が大幅に減り、また多くのことが「6月19日」を意識して進められているような雰囲気も伝わってきます。


さて、今回の「新型コロナ」は、「戦争」を直接体験していない私たちにはおそらく人生始まって以来最大の危険だったのではないでしょうか?


●連日、テレビ・ラジオなどのマスコミでは「新型コロナ」のことを取り上げない日がない
●そういうマスコミの論点も「正解かどうかの判定」はできない

と言うのも今年の大きな特徴です。


ですから、マスコミがどのように「新型コロナ」を伝えているのか?伝えてきたのか?も時々は整理そしてチェックをしておく必要があります。


その前に、私の偏見的マスコミ論で申し上げると、

①「不偏不党」を標榜するあまり結論なき批判が多い
②議論に「主語がない」(それは誰の責任なの?誰のおかげなの?が曖昧)
③「地方」「中小企業」の取り上げ方にはバイアス(偏り)が多い
④「専門家」と言う人の非科学的な話には甘く、「タレント」の「感情的・情緒的」は垂れ流し状態
⑤過去を振り返らず言いっぱなし
⑥出演される「タレント」は「催しが大好き」(収入源の一つ)
⑦死者には鞭打たず、落伍者には厳しい

と言った傾向があるということを踏まえながら見てくるとなんとなくわかってくるようなこともあります。
つまり「そういうことを踏まえて読み解く」必要があるということです。


1.「PCR検査の数を増やせ」の着地がわからない

どの番組も「PCR検査」数を増やせと言っていました。
安倍首相も20,000件/日とか言っていらっしゃたような記憶があります。

増えてきたとは言え、今なお「検査数は少ない」はずですが「そのことで大きく支障が出ている」という話しも伝わってきません。

・PCR検査を「定期的に国民全員が受ける」ということと「どういう人に検査が必要で、それが充足していたかどうか」の整理が十分に行われないまま「検査を増やせ」論が進められてきてしまったような感じがします。


2.「非常事態宣言は必要でなかった」と言うには早計

どこかの学者さんが言ったとかで「非常事態宣言は必要なかったのではないのか」とおっしゃる著名人もいらっしゃるようです。
しかし、
●国民全員への注意喚起と言う側面での効果は絶大なものがあった
●「都道府県またぎ」の移動を制限することができた
~地域によっては「東京から来た」というだけで偏見が起きてしまうところもかなりあったようです

多くの専門家がおっしゃっているように「結果論での議論」の息を出ないようです。

東京アラート」を否定あるいは批判される方も多いようですが「注意喚起」と言う効果はとても大きいような気がします。
「批判」があることそのものが「注意喚起」への最大級の効果になりました。


3.「休業は補償とセット」と言う見栄えのいい話

気持ちはわかります。
「コロナ倒産」の懸念を語る方もいますが、
・過去の不況と比べると少ない
・コロナが原因ではなく経営ぶりの悪い企業にはコロナが引き金になっている
・「水商売」とはそういう「リスク」が高いもの
という側面を無視した議論が多すぎます。

1年前までは「人手不足」が叫ばれ、「非正規問題」もあったはずです。
その「人手不足問題」は
・どこに行ってしまったのでしょう?
・その程度の人手不足感だったのでしょうか?
・人手不足と言いつつ結局は「非正規」に頼る人手不足経営だったのではないのか?
・今なお「人手不足」企業は存在するが、「解雇」話などとのマッチングはないのか?
と思ってしまいます。


そもそもの「経営リスク」「経営課題」を語らずに「補償」話が先行するのもいかがかという思いがあります。
「風営法対象企業」「反社会的勢力及びそのフロント企業」への補償が必要なのかどうかも要注意です。あまり議論されていません。
特に「サービス業」という産業の「脆弱性」「必要性」を踏まえた議論をすべきだと思います。

多くの識者がうすうす気がつきだしたのは「お金がない」ということ。


4.「速く」「スピード感をもって」というがそもそもの仕組みが議論されていない

「特別定額現金給付」「持続化給付金」などと言うバラマキが今まで行われたことがあったでしょうか?
しかもこういう給付金を迅速にばら撒く仕組みが世の中にあったでしょうか?
飛行機で空からビラをばら撒くのとは意味が違います。

「速く」「スピード感」と言う言葉の虚しさだけが残ってしまいます。

●「持続化給付金」の素人ご都合集団の話の違和感は論外です。

中抜き差額20億円のうちの15億円は銀行へ支払う「振込手数料」と言うおかしさ
・なぜ「振込手数料」の支払いだけは中抜き組織に残っているのか?
・残りの5億円そのものが過大ではないか(親会社からの出向者の人件費=親会社の利益と言う側面がある)
・「テレワーク」になじまない作業が「テレワークでされている」と言う事情も不明
~今はやりの言葉が隠れ蓑になっているようです

●「定額給付」10万円などと言うバラマキをやった経験がない

・「マイナンバー」制度が中途半端なまま放置されてきている事実を誰も考えていない
~多くの人が「マイナンバーカード」を持っていなくても困らなかった

・「確定申告」をなさる方ならご存知だと思いますが、税務署からは「整理番号」で把握され「マイナンバー」「本人確認書類」の添付も必要です。
~こういう情報を一元管理することを嫌う方が多い中で「速く」を求めるには課題も多いはずです。

・「健康保険者番号」がなぜ活用されないのかも不思議
~国民を網羅的にとらえるには「保険者番号」と言うのはかなり正確なはずです。給付も「健康保険組合」等を通じて流すというやり方もあったはずです。


5.志村けんさんの死亡は美談になり、渡部建さんの不倫話は叩かれる

志村けんさんの生活ぶりは新型コロナ蔓延の解明には大きな役割があったような気がします。
渡部建さんの話はプライベートな部分が多いはずです。番組を降板しているのですからそれ以上は当事者間で解決すべき部分の方が多いはずです。

「多目的トイレ」の間違った使い方については今までかなり広く伝えられてきたところです。
「新幹線のトイレ」などもああいう使い方をする小説などもあります。
「飛行機のトイレ」については映画「エマニエル夫人」でも描かれていたはずです。


6.「知事の人気ランキング」をしていたマスコミもあった

たしかに言動のおかしな知事もいらっしゃいました。
ただ「知事」の能力だけで感染度合いに差があったとは思いません。

たまたま「新型コロナ」の感染が少なかったあるいはクラスター退治だけで済んだ地域の知事をマスコミへの登場ぶりで評価するのはいかがなものでしょう。
県政全般で見ると「この人はいかがなものか?」と言う方も中にはあります。
「コロナバイアス」「マスコミバイアス」で知事を評価するのは地方自治が内在するリスクを包み隠してしまいそうです。


7.「東京オリンピック」と「コロナ」を対応リンクさせてはいけない

「小池都知事は東京オリンピックの延期が決まるまで何もしなかった」と言うウソが蔓延しています。
●「オリンピック」と言う国際的な国家行事を前にしたらさすがに「都知事」主導で動くことはできません。IOC、日本政府とのさや当て合戦もあったことから表立って動けなかったのが実情
●「習近平」の本日問題がはっきりしなかったことも影響は大きい
●マスコミはそういう実情を正しく報じていない
●「オリンピック」「習近平訪日」が延期と決まるや動きが速かったのは、水面下でかなり準備がしてあったということに違いありません


8.「災害非難」と「新型コロナ」などの感染症をごっちゃにするな

「災害非難」を論じるテレビ番組を見ていて思うのは、

●「あなたたちは避難所に避難しないでしょ」と言いたくなるような人たちばかりがお話しされている
●「新型コロナ」に限らず、「インフルエンザ」などの感染症や「食中毒」あるいは「避難所の火災」などについて語る人が今まで少なすぎました
●「自宅」や「職場」よりも不都合なところに「非難しろ」という発想の見直しが必要
●日本で多い「水害」非難に耐えられる仕様になっているのか疑問
~段ボールなどの「紙」と「水」の相性の検証も必要
●災害の不安は「電気、ガス、水道、道路などの公共インフラ」の利用の可否とセットであり総合的なチェックが必要


9.なぜか「国会議員」のマスコミ出演が少ない

「国会議員」に代表される政治家を批判されるマスコミは多かったようですが、「県またぎ」の移動ができず東京に国会議員が集中していたということを考えれば、国会議員ばかりを呼んだ特番があってもよかったはずです。

そこが不思議です。
国会が閉会になると「政治パーティ」「政経パーティ」の話題も出てきました。
「政治と金」を批判するのなら「こういうパーティの開催」を批判することもマスコミの役目です。
「長いものに巻かれた」ご都合主義と言っても過言でもないでしょう。


10.「新型コロナ」は「エイズ」「梅毒」とどう違うのか?

かつて「エイズ」や「梅毒」と言う感染症が流行り問題になった時期があります。
今はどうなっているのかよくわかりませんが、当時は床屋の顔そり(剃刀の使いまわし)なども問題になりました。

つまり、なんとなく感染経路が彷彿できるような取り上げ方がされていました。
今回の「新型コロナ」はどうでしょう?
感染経路に決め手を欠き、まるで「空気に触れただけでも感染する」とでも言うかのような説明ぶりです。

「かかりたくない!」「かからない残したことはない!」と言うのが多くの皆さんの思いです。
「かかったかどうかの検査」も必要ですが、「かかった人はどうしてかかったの?」「予防策は日常化するのか?」と言う議論が少なすぎます。



等々、「新型コロナ」を論じるにはいろいろな切り口があります。整理は不十分ですが、今回の「新型コロナ」は社会構造の変化を起こしそうです。

そういえば「第2波」がやってきたときはどうするのでしょう?
もう「お金もない」はずですし、「医療崩壊」の危惧は払しょくできるのでしょうか?
学校制度」「働き方改革」もこの社会の構造変化を踏まえて議論されなければいけないはずです。




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