「靴ひも危ないよ!」とおじさんが教えてくれた [鈍感日本人への警鐘]
とある駅のホームでの出来事でした。
「靴ひも危ないよ!」と声をかけられました。
おしゃれなハットをかぶったおじさんです。
年のころはおそらくアラ70。
靴紐を見るとだらりとほどけ、確かにもう片方の足や誰かが踏みつけたら私は倒れてしまうような状況でした。
こんな声掛けをしてもらったのは初めての経験です。
とかく「無関心」と言うか「他人に声を掛けたら余計なお世話」と言う風潮が強いような昨今ですが本当にありがたかったです。
この老紳士は私に声をかけた後はホームの前の方に言ってしまわれました。
今欲しいのはこういうさりげない声掛け。
「〇〇警察」などと呼ばれてしまうギスギスした世の中が少しは暖まる世の中に変わっていくと住みやすくなるかも。
「淋しい」と言われる世の中ですが、そういう人に限って「上から目線」とか「余計なお世話」とか「うざい」とか言い切ってしまい身近な何気ないやさしさを遠ざけているのかもしれない。
私のスマホは毎月「1GB」以下 [どう受け止めたらいいのか]
みなさんは毎月スマホをどのくらい使っていらっしゃいますか?
中には「契約内容がよくわからない」とおっしゃる人もいらっしゃるようです。
私の10月のスマホ使用量は、今のところ
①通信量 0.97GB(の残量)
※何せIDB契約ですからほとんど使っていません
②電話代 基本料金+20円 (5分間通話の基本料金をはみ出した分が20円と言うこと)
料金的には、これに、
③機種代金(分割分)
④その他オプション料
の合計になっています。
まぁ毎月こんなものです。
(電話のはみだし分はあまりありませんが)
菅政権の携帯電話料金の引き下げ話の中で、「どんな契約をしているのか知らない(わからない)」と言う声も聞こえていましたが、それほど難しいものでもありません。
友人のスマホ料金がやけに高いなと思ってみてみたら、
●使用量に対してはるかに高い通信料契約
●スマホに加えタブレットも使っている
●海外での使用も多い
と言う事情が分かりました。
「携帯電話料金が高い」とおっしゃる方も多いようですが、
●自分の契約内容
●自分の使い方
を検証・確認なさっていますか?
「契約内容は買ったときのことは代理店の言いなりだったのでよくわからない」
とおっしゃる方がいらっしゃったら、それは「スマホに使われている」としか言いようがありません。
何よりも、どのスマホにもついている「携帯電話会社のサイト(アプリ)」をご覧になっていますか?
「My〇〇」と言うアプリに登録なさっていますか?
私の場合は、
●「My〇〇」を毎日見ながら使用量を確認している
●スマホは1GBでリミッター(ブレーキ)を設定している
●自宅にいるときはWi-Fi接続を利用
※Wi-Fiはパソコンやテレビなども共用で、家族で使っています
●WiMAX(高速モバイルルーター)を使って外出時に対応している
●歩きスマホはしない
●長電話はしない
●最低限のオプションしか契約していない
●パソコンを使うことの方が多い
●車の中ではWiMAX利用(含む地図更新)
と言う使い方をしています。
かねてから「インターネット接続料」が高いと発言しているのは、
●スマホ本来の通信料
●パソコン・テレビ用のインターネット契約
●WiMAXの契約
の三つの「インターネット契約」をしているからです。
家族で使っているのでいわゆるWi-Fi部分の分散効果はあるもののそれなりに高額になっています。
一人暮らしの方は「スマホ命」とでも言うような使い方かもしれませんが、今後の
●高齢化(年が寄ればスマホは見づらい等が起きます
●日常利便の向上(プリンターやスキャナーを使えば整理も楽です)
●仕事の深堀ができる
等を考えれば「スマホ命」にはまっているわけにはいきません。
菅内閣の「携帯電話引き下げ」施策が残念なのは、
①「携帯電話料金が高い」の一言でインターネットの総合的な使い方に言及していないこと
②「歩きスマホ」の常態化の人の課題を覆い隠していること
③パソコン利用に推進を考えていないこと
④キャリア(携帯電話会社)を変えるあるいは再契約をしないと料金引き下げ効果がないこと
に終始していることです。
また、芸能人や企業人の場合は「法人契約」で経費として税務上は落とせるはずです。
「料金を下げることに固執するあまり結果的に料金が下がらない」
と言うことになってしまっているのではないでしょうか!
●個人使用も「税金の控除」を認める
※マイナンバーカード普及の方法の一つです
●そもそものインターネット接続料金の引き下げ
をやるべきです。
学校教育にインターネットの導入が定着したら「スマホ料金の引き下げ」では追いつきません。
家庭でのWi-Fi接続を進め、インターネット関連料金の引き下げを行うべきです。
航空機の運賃に「大手航空会社」と「LCC」があるようにインターネットやスマホにもロープライスキャリアがあればいいのです。
中には「契約内容がよくわからない」とおっしゃる人もいらっしゃるようです。
私の10月のスマホ使用量は、今のところ
①通信量 0.97GB(の残量)
※何せIDB契約ですからほとんど使っていません
②電話代 基本料金+20円 (5分間通話の基本料金をはみ出した分が20円と言うこと)
料金的には、これに、
③機種代金(分割分)
④その他オプション料
の合計になっています。
まぁ毎月こんなものです。
(電話のはみだし分はあまりありませんが)
菅政権の携帯電話料金の引き下げ話の中で、「どんな契約をしているのか知らない(わからない)」と言う声も聞こえていましたが、それほど難しいものでもありません。
友人のスマホ料金がやけに高いなと思ってみてみたら、
●使用量に対してはるかに高い通信料契約
●スマホに加えタブレットも使っている
●海外での使用も多い
と言う事情が分かりました。
「携帯電話料金が高い」とおっしゃる方も多いようですが、
●自分の契約内容
●自分の使い方
を検証・確認なさっていますか?
「契約内容は買ったときのことは代理店の言いなりだったのでよくわからない」
とおっしゃる方がいらっしゃったら、それは「スマホに使われている」としか言いようがありません。
何よりも、どのスマホにもついている「携帯電話会社のサイト(アプリ)」をご覧になっていますか?
「My〇〇」と言うアプリに登録なさっていますか?
私の場合は、
●「My〇〇」を毎日見ながら使用量を確認している
●スマホは1GBでリミッター(ブレーキ)を設定している
●自宅にいるときはWi-Fi接続を利用
※Wi-Fiはパソコンやテレビなども共用で、家族で使っています
●WiMAX(高速モバイルルーター)を使って外出時に対応している
●歩きスマホはしない
●長電話はしない
●最低限のオプションしか契約していない
●パソコンを使うことの方が多い
●車の中ではWiMAX利用(含む地図更新)
と言う使い方をしています。
かねてから「インターネット接続料」が高いと発言しているのは、
●スマホ本来の通信料
●パソコン・テレビ用のインターネット契約
●WiMAXの契約
の三つの「インターネット契約」をしているからです。
家族で使っているのでいわゆるWi-Fi部分の分散効果はあるもののそれなりに高額になっています。
一人暮らしの方は「スマホ命」とでも言うような使い方かもしれませんが、今後の
●高齢化(年が寄ればスマホは見づらい等が起きます
●日常利便の向上(プリンターやスキャナーを使えば整理も楽です)
●仕事の深堀ができる
等を考えれば「スマホ命」にはまっているわけにはいきません。
菅内閣の「携帯電話引き下げ」施策が残念なのは、
①「携帯電話料金が高い」の一言でインターネットの総合的な使い方に言及していないこと
②「歩きスマホ」の常態化の人の課題を覆い隠していること
③パソコン利用に推進を考えていないこと
④キャリア(携帯電話会社)を変えるあるいは再契約をしないと料金引き下げ効果がないこと
に終始していることです。
また、芸能人や企業人の場合は「法人契約」で経費として税務上は落とせるはずです。
「料金を下げることに固執するあまり結果的に料金が下がらない」
と言うことになってしまっているのではないでしょうか!
●個人使用も「税金の控除」を認める
※マイナンバーカード普及の方法の一つです
●そもそものインターネット接続料金の引き下げ
をやるべきです。
学校教育にインターネットの導入が定着したら「スマホ料金の引き下げ」では追いつきません。
家庭でのWi-Fi接続を進め、インターネット関連料金の引き下げを行うべきです。
航空機の運賃に「大手航空会社」と「LCC」があるようにインターネットやスマホにもロープライスキャリアがあればいいのです。
やはり「コロナ」はこわい [新型コロナ]
「新型コロナ」にかかりたくないのは誰でも同じ。
なぜかというと「歴史伝統的な向き合い方」がよくわからないからではないでしょうか。。。
にもかかわらずどうも向き合い方が希薄になっていると思われる今日この頃です。
「新型コロナ」が流行りだしてからまだ1年たっていません。
どう向き合っていいのかよくわかりません。
いちばん取り組みが他人事なのが「政府」。
安倍政権の時からそうでしたが菅政権になっても寄り添う姿が見えません。
「スピード感がどうのこうの」と言う割には着地の重要度が伝わってきません。
携帯電話しかり、ハンコしかり、デジタル庁しかり。
携帯電話の料金引き下げ策が発表され始めていますが、国民の印象から見れば「そんなことだったの?」状態に見えてしまいます。
全体像も目指すゴールもさっぱりわかりません。
テレビの画面から伝わってくるのは菅首相のムキになる姿だけ。
「スピード感をもって」と言う美辞がむなしく響きます。
「新型コロナはやはり怖い」です。
「ハンコがどうのこう」のよりももう少し安心できる社会を目指してほしいものです。
「携帯電話」も今の私の料金が下がるような話が見えてきません。
「経済がどうのこうの」
と言ったところで「なぜ」から紐解かないとその対策も見えてきません。
世界中の経済がコロナで低迷しているのですから。
「経済」と考えるから何となく「たいへんだぁ」が伝わってきますが、
●企業経営の在り方
●国民の財布の紐の固さ
など「こういう時にはやはりな」があるはずです。
店頭にたくさん並ぶ「マスク」「トイレットペーパー」などを見るたびに「もう不足することはないよな」と思ってしまいます。
菅首相を見るたびに思うのは「足元の不安を払しょくする言葉がない」こと。
なぜかというと「歴史伝統的な向き合い方」がよくわからないからではないでしょうか。。。
にもかかわらずどうも向き合い方が希薄になっていると思われる今日この頃です。
「新型コロナ」が流行りだしてからまだ1年たっていません。
どう向き合っていいのかよくわかりません。
いちばん取り組みが他人事なのが「政府」。
安倍政権の時からそうでしたが菅政権になっても寄り添う姿が見えません。
「スピード感がどうのこうの」と言う割には着地の重要度が伝わってきません。
携帯電話しかり、ハンコしかり、デジタル庁しかり。
携帯電話の料金引き下げ策が発表され始めていますが、国民の印象から見れば「そんなことだったの?」状態に見えてしまいます。
全体像も目指すゴールもさっぱりわかりません。
テレビの画面から伝わってくるのは菅首相のムキになる姿だけ。
「スピード感をもって」と言う美辞がむなしく響きます。
「新型コロナはやはり怖い」です。
「ハンコがどうのこう」のよりももう少し安心できる社会を目指してほしいものです。
「携帯電話」も今の私の料金が下がるような話が見えてきません。
「経済がどうのこうの」
と言ったところで「なぜ」から紐解かないとその対策も見えてきません。
世界中の経済がコロナで低迷しているのですから。
「経済」と考えるから何となく「たいへんだぁ」が伝わってきますが、
●企業経営の在り方
●国民の財布の紐の固さ
など「こういう時にはやはりな」があるはずです。
店頭にたくさん並ぶ「マスク」「トイレットペーパー」などを見るたびに「もう不足することはないよな」と思ってしまいます。
菅首相を見るたびに思うのは「足元の不安を払しょくする言葉がない」こと。
「加湿器」準備 [新型コロナ]
どうやら私は「口を開けて眠る」ようです。
乾燥した冬の東京では「風邪」を引きやすい原因になってしまいます。
毎年、「加湿器」が欠かせません。
ところで、自分の部屋の湿度はいくらぐらいかご存じですか?
冬の東京の室内は30%~40%くらいの水準になります。
※夏場はゆうに50%を超えています。
今まで使っていた「加湿器」は水道水のカルキ(?)がたまり1週間に一度くらいはクエン酸で除去することが必要でした。
そんなこともあり思い切って新しい加湿器を買いなおしました。
インフルエンザと湿度の関係は高いものがありそうですから、そこにコロナが加われば「加湿器」需要にも高いものがありそうです。
そんなこんなで新しい加湿器にしたのです。
早速使っています。
50%を下回れば加湿器の出番です。
先日からつけっぱなしです。
こういう話をマスコミはあまりしないけど、「いいかもしれないことは何でもやる」「自分でできることはやる」と言うことかも。
天気予報にも「湿度」予測が出る日が来るかも。
乾燥した冬の東京では「風邪」を引きやすい原因になってしまいます。
毎年、「加湿器」が欠かせません。
ところで、自分の部屋の湿度はいくらぐらいかご存じですか?
冬の東京の室内は30%~40%くらいの水準になります。
※夏場はゆうに50%を超えています。
今まで使っていた「加湿器」は水道水のカルキ(?)がたまり1週間に一度くらいはクエン酸で除去することが必要でした。
そんなこともあり思い切って新しい加湿器を買いなおしました。
インフルエンザと湿度の関係は高いものがありそうですから、そこにコロナが加われば「加湿器」需要にも高いものがありそうです。
そんなこんなで新しい加湿器にしたのです。
早速使っています。
50%を下回れば加湿器の出番です。
先日からつけっぱなしです。
こういう話をマスコミはあまりしないけど、「いいかもしれないことは何でもやる」「自分でできることはやる」と言うことかも。
天気予報にも「湿度」予測が出る日が来るかも。
「木を見て森を見ず?」の菅首相 [少し政治的な話を。。。。]
世のなかには「木を見て森を見ず」と言う言葉があります。
意味は私が説明するまでもないことだと思いますが、菅政権になってふと頭をよぎるのがこの言葉です。
昨夜のNHKの「ニュースウォッチ9」に生出演された姿にもそういう印象が強く漂います。
番組では、昨日行われた菅首相の「所信表明演説」を受けて、
●新型ウィルス対策と経済の両立
●デジタル社会の実現
●温室効果ガス削減
●活力ある地方
●社会保障
●震災復興・災害対策
と列挙した背景をバックに菅首相がお話しなさっていました。
うーん!
菅首相の政策が奏功したときにはどんな日本の姿が描かれるのでしょうか?
・ハンコ (お役所仕事の見直しの中でそっとやればいい)
・デジタル (マイナンバーカードの位置づけ次第)
・日本学術会議 (理屈のすり替えに終始する議論)
・携帯電話料金の引き下げ (キャリアを変えないと安くならない)
等々、各論が細かすぎる点が気になります。
当たり障りのない評価でいえば「具体的」とおっしゃる人もいらっしゃるようですが。。。。
「アベノミクス」「1億総活躍社会」「女性活躍社会」「地方創生」等々と総論が得意だった安倍首相の場合は「森を見て木を見ない」色彩がとても強かったような気がします。
その結果、自分の好きな木だけは育て、結果として何年経っても森の姿を形作ることはできなかった政権でした。
気になるのは、一昨日(2020.10.25)の読売新聞(朝刊)の「地球を読む」では、
「脱炭素 合理的な原発利用」
と葛西敬之JR東海名誉会長はおっしゃっています。
「原発は燃料費も安く、安定供給も可能だ。国内の技術で建設・運用されており、国産の主力電源の性格を持っている」
と。
菅首相、政府与党、野党、マスコミなどに言いたいのは、「なにごとも推進するもよし、批判するもよしだけど、日本の発展を支えてきた技術立国の精神を忘れてはいけない」と言うこと。
税金頼みでは明るい未来社会はないのではないでしょうか。
「改革よりも改善でいい」
なぜかワクワクしない今日この頃です。
意味は私が説明するまでもないことだと思いますが、菅政権になってふと頭をよぎるのがこの言葉です。
昨夜のNHKの「ニュースウォッチ9」に生出演された姿にもそういう印象が強く漂います。
番組では、昨日行われた菅首相の「所信表明演説」を受けて、
●新型ウィルス対策と経済の両立
●デジタル社会の実現
●温室効果ガス削減
●活力ある地方
●社会保障
●震災復興・災害対策
と列挙した背景をバックに菅首相がお話しなさっていました。
うーん!
菅首相の政策が奏功したときにはどんな日本の姿が描かれるのでしょうか?
・ハンコ (お役所仕事の見直しの中でそっとやればいい)
・デジタル (マイナンバーカードの位置づけ次第)
・日本学術会議 (理屈のすり替えに終始する議論)
・携帯電話料金の引き下げ (キャリアを変えないと安くならない)
等々、各論が細かすぎる点が気になります。
当たり障りのない評価でいえば「具体的」とおっしゃる人もいらっしゃるようですが。。。。
「アベノミクス」「1億総活躍社会」「女性活躍社会」「地方創生」等々と総論が得意だった安倍首相の場合は「森を見て木を見ない」色彩がとても強かったような気がします。
その結果、自分の好きな木だけは育て、結果として何年経っても森の姿を形作ることはできなかった政権でした。
気になるのは、一昨日(2020.10.25)の読売新聞(朝刊)の「地球を読む」では、
「脱炭素 合理的な原発利用」
と葛西敬之JR東海名誉会長はおっしゃっています。
「原発は燃料費も安く、安定供給も可能だ。国内の技術で建設・運用されており、国産の主力電源の性格を持っている」
と。
菅首相、政府与党、野党、マスコミなどに言いたいのは、「なにごとも推進するもよし、批判するもよしだけど、日本の発展を支えてきた技術立国の精神を忘れてはいけない」と言うこと。
税金頼みでは明るい未来社会はないのではないでしょうか。
「改革よりも改善でいい」
なぜかワクワクしない今日この頃です。
「カメラ出張買取」と言う体験 [どう受け止めたらいいのか]
「カメラ出張買取」と言うのをご存じでしょうか?
ある日のこと、自宅の固定電話に「古いカメラをお持ちではないですか?あれば買取したい」と言う女性の声で電話がかかってきました。
かねてから古い「一眼レフカメラ」を処分しようと考えていたところでしたので話を聞いてみることにしました。
※NTTの固定電話にかかってきたということは番号をローリングしながらセールスの電話をかけているのでしょう。
電話をかけてきた女性は、都内の「買取専門業者」Xだと名乗り、
「買取担当者がお宅の近所を回っているので古いカメラがあれば買取させていただきたい」
と。
「C社の古い一眼レフならありますよ」
と答えると、
「C社のなら人気がありますよ」
私が「来てくれてもいい」と言う趣旨の話をすると、電話の向こうの女性の高揚した声が伝わってくるようでした。
ひょっとしたら歩合制にでもなっているのでしょうか。。。。。
今すぐにでも来てくれるのかと思ったら数日先だとのこと。
後ほど訪問アポの電話がかかってきました。
「〇日の16時~17時の間にKと言うものが訪問する」
と。
約束の当日、「前の約束が早く終わったのでこれから訪ねてもいいか」と言う電話が買取担当のKさんからかかってきました。
それなりに丁寧なやり取りでした。
Kさんはほどなく車でやってきて、玄関の前でお話しすることに。。。
※さすがに家の中に入れるのははばかれたものですから。
Kさんは、私が出したカメラを見たうえで、スマホを見ながら査定情報に照らしているようでした。
Kさんがくれた名刺を見ているとなんだか違和感があります。
名前がYと言う業者になっているのです。
「あれ、先日電話をいただいた業者さんはXと言っていたけど、あなたの名刺の業者名はYになっている。なんかおかしくない?」と私。
「Xと言っていましたか?XとYは兄弟会社で、どちらもホールディングカンパニーのZと言う親会社が出資してできたものなんです」とKさん。
「会社と言うけど、名刺には〇〇株式会社と言う表示はないよ」と私。
「それは屋号だからです」とKさん。
「うちの会社名はWです」と首からかけた名札をKさんが見せてくれました。
Kさんは悪い人ではないようですが、企業名と言うか法人の関係がぐちゃぐちゃです。
その名札と名刺には「古物商」らしき「許可番号」が入っています。
私が組織の関係を詰めたことやカメラがタダ同然だったこともあり、Kさんの方から「やめましょうか?」との提案をしてきました。
実はN社の安い一眼レフがもう一台あったものですから、とりあえず査定をしてもらいましたがこちらもタダ同然です。
Kさんが言うには「部品が欲しいだけで、こういう安いカメラでは部品の需要もない」とのこと。
結局、取引は成立しませんでした。
先方も興味がない様子、こちらもそこまでして手放さなくてもいいという気持ちです。
まぁこんなことがありました。
彼らもいろいろ当たりながら掘り出し物だけを探しているのでしょう。
今回の体験で思ったのは、
●責任の所在がどこにあるのかよくわからない「粗い商売」のよう
●家の中にまで入れるにはややはばかられる
●よほどの高級機種でなければただ同然
●出張買取の方法によりその家にある「不要な値打ちもの」なら買い取る様子
●店頭買取は家賃や諸経費を考えれば割に合わない
こういう「古物商」は警察の許可が必要です。
気になるのは、終活や断捨離で、今後ますますニーズが高まるのではないかと思われる割には「責任体制」がアバウトであるということ。
※買取査定員のKさんが言うには「法人格まで確認されたのは初めて」だったそうな。
ちなみに、X、Y、Zのそれぞれのサイトは存在します。
しかし所詮ネットの世界です。それだけで信用を置くわけにもいきません。
「規制緩和」と言う言葉がもてはやされていますが、やはり厳格に規制をかけるべきものはたくさんあるようです。
「ポストGoTo」~後はどうする? [新型コロナ]
かつて「家電エコポイント制度」と言うのがありました。
環境省のHPによれば
「地球温暖化対策、経済の活性化及び地上デジタル対応テレビの普及を図るため、グリーン家電の購入により様々な商品・サービスと交換可能な家電エコポイントが取得できるもの」で、統一省エネラベル4★相当以上の「地上デジタル放送対応テレビ」、「エアコン」、「冷蔵庫」の家電かつ2009年5月15日から2011年3月31日までに購入した製品が対象となりました。
あれから10年ほど経過し、あの時買った電気製品も買い替え時期を迎えてしまいました。
いくつかの家電量販店の方に聞くと、「もうやりたくない。エコポイントが終わった後、反動で売れなくなってしまうから」と。
さて、コロナで疲弊した経済活動を(特に観光、飲食関連)救済しようと数々の「GoToキャンペーン」が行われています。
やり方としては「こういった企業に直接補助金をばらまく」と言う手もありますが、国民の皆さんを経由して、「買い手の客良し、売り手の店良し、政治家良し」と言う三方良し狙いの方法です。
また、「お金を回す」ことでいろいろな付加価値も付きます。
しかし、今度の「GoTo」も「傷病人への点滴治療」のようなところがあります。
どんなに点滴が効いても、点滴が外されると基礎体力や気力がない人は息が続かない恐れがあります。
今回のコロナは「いつまで点滴を打つのか?」と言うエンドが明確でないことから
●点滴薬の提供が続くのか?
●点滴薬の効き目が続くのか?
●気力・体力が続くのか?
と言う不安もあります。
あるいは世間が好転したときには、点滴応援がなくなった時に明暗が分かれないかと言う不安もあります。
「GoTo」に喜ぶのではなく、「GoTo」の間に新しいビジネスモデル(仕事の仕組み)を作っておかないと今まで以上に大変なことが起こってしまうかもしれません。
思わず「ポストGoTo」~後はどうする?後はどうなる?
と思ってしまいます。
環境省のHPによれば
「地球温暖化対策、経済の活性化及び地上デジタル対応テレビの普及を図るため、グリーン家電の購入により様々な商品・サービスと交換可能な家電エコポイントが取得できるもの」で、統一省エネラベル4★相当以上の「地上デジタル放送対応テレビ」、「エアコン」、「冷蔵庫」の家電かつ2009年5月15日から2011年3月31日までに購入した製品が対象となりました。
あれから10年ほど経過し、あの時買った電気製品も買い替え時期を迎えてしまいました。
いくつかの家電量販店の方に聞くと、「もうやりたくない。エコポイントが終わった後、反動で売れなくなってしまうから」と。
さて、コロナで疲弊した経済活動を(特に観光、飲食関連)救済しようと数々の「GoToキャンペーン」が行われています。
やり方としては「こういった企業に直接補助金をばらまく」と言う手もありますが、国民の皆さんを経由して、「買い手の客良し、売り手の店良し、政治家良し」と言う三方良し狙いの方法です。
また、「お金を回す」ことでいろいろな付加価値も付きます。
しかし、今度の「GoTo」も「傷病人への点滴治療」のようなところがあります。
どんなに点滴が効いても、点滴が外されると基礎体力や気力がない人は息が続かない恐れがあります。
今回のコロナは「いつまで点滴を打つのか?」と言うエンドが明確でないことから
●点滴薬の提供が続くのか?
●点滴薬の効き目が続くのか?
●気力・体力が続くのか?
と言う不安もあります。
あるいは世間が好転したときには、点滴応援がなくなった時に明暗が分かれないかと言う不安もあります。
「GoTo」に喜ぶのではなく、「GoTo」の間に新しいビジネスモデル(仕事の仕組み)を作っておかないと今まで以上に大変なことが起こってしまうかもしれません。
思わず「ポストGoTo」~後はどうする?後はどうなる?
と思ってしまいます。
「年末・年始の休暇を1月11日まで延長」ってどういうこと? [新型コロナ]
昨日(23日)に開かれた「新型コロナウイルス感染症対策分科会(尾身茂会長)」では、「年末年始の休暇を1月11日まで延長・分散を企業に要請する」という話が出たようです。
しかし、この話の具体的なあり方がよくわかりません。
1.「休業」なのか「休暇」なのか?
①「仕事始め」を1月12日にしてほしいという要請だとしたら、「年末年始の休業」要請ということになり、企業側の人件費負担は大きくなってしまう。
②業種により「仕事始め」も違うが、具体的にはどうするのか?
③「休暇取得」ということなら、
・有給休暇の保有日数が少ない人は困る
・年末年始に半強制的に有給休暇を消化しなければいけなくなる
・年末年始ではなく別の時期に休暇を取りたい人もいる
④休みが増えればいわゆる「非正規」「日雇い」の人は収入減少になってしまう。
2.「外出自粛」なのか?「移動制限」なのか?そうではないのか?
①非常事態宣言の時のように不要不急の「移動自粛」「外出自粛」という話かと思ったら、片方で「GoToキャンペーン」特に「GoToトラベル」をやっているのだからやはり趣が違う。
③「GoToトラべル」の1日当たりの適用数を分散しないと「人出のバランス」は崩れる
3.「働き方改革」なのか?「感染抑制」なのか?
①「働き方改革」につながるというすり替えた議論が目立ちます。
年末年始の休みを長く取ったところで「働き方改革」にはつながりません。1年365日の中で働き方、休暇の取り方や残業の在り方を考えてこそ「働き方改革」なのです。
②初詣あるいは交通機関等の人出集中を避けたいという思惑も見え隠れします。
・社寺への「初詣」の具体的な在り方を国家が管理するということなのかと思ってしまいます。
・寺社のかき入れ時の所得補償をしてほしいという話が出てきそうです。
・新幹線・航空機・長距離バスなどの定員制限もしなければいけません。
※高速道路は大渋滞になるでしょう。大雪でも降ればパニックです。
おそらく、サラリーマンをやっていない特別な働き方の人たちの発言による煮詰まっていない議論のような感じがしてしまいます。
そもそもこの話のおかしいのは「人手の集中」を避けたい方策として「連続休暇の取得」ということをメインに出してしまったことです。
私なら、
①企業が儀礼として行っている「年末・年始の挨拶回り」の自粛を要請する。
●そもそもそれほど重要とも思われません。「顔見世」の性格が強いようです。1月中にやればいいくらいの「意識改革」が必要です。
●「今年はお世話になりました」「今年もよろしく」という挨拶回りですが、盃を交わしたり、今年の景気や業績や人事の話を形式的に短時間ですることが多いようです。
●この「挨拶回り」のためにだけ出勤しなければいけない社員もいるのです。
●年賀の挨拶状あるいはメールで十分です。
②企業の初詣をずらす。
多くの企業が「仕事初め」には寺社に団体で初詣をなさいますが、各企業には年初めを避ける要請をする。
この「初詣」があるために出勤しなければいけない(休めない)社員もいるのです。
「初詣」「年頭の挨拶」が済めば半ドンまたは宴会という企業もあります。
そういう「ためにする仕事」を減らすことこそ「働き方改革」なのです。
③年末・年始の休業は今まで通りとし、「業務の縮小」「休暇取得の交代・分散」の要請をする。
●「非常事態宣言」でもなく、「移動自粛」でもないのなら「連続休暇」は返って「人出が集中」してしまいます。
●不思議なもので定休日が少ないと「休暇は分散」します。
そうはいっても「子どもの休みの時に休暇を取りたい」「正月に帰省したい」と言う人は限定的です。
・受験生をお持ちの場合はどこにも出かけられないのです。
・受験生あるいは小中学生をお持ちじゃない方の自由度は高いので「決められた連続休暇」よりも「自由度の高い連続休暇」のほうが喜ばれます。
・雪国への帰省を避ける方多いようです。
・スキーやスケボー組は1月初旬よりも1月後半や2月を好みます。
海外旅行が制約されている以上は国内移動に行動を移す人が増えてしまいます。
年末年始に休暇を集中させるという発想がよくわかりません。
要は「移動・外出の平準化」を図るということを目指したほうが、「感染拡大」や「経済の活性化」には有意義なような気がします。
<参考>
「年末年始 1月11日まで休暇延長を要請へ 新型コロナ政府分科会」(NHK 2020年10月23日)
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20201023/k10012678151000.html
しかし、この話の具体的なあり方がよくわかりません。
1.「休業」なのか「休暇」なのか?
①「仕事始め」を1月12日にしてほしいという要請だとしたら、「年末年始の休業」要請ということになり、企業側の人件費負担は大きくなってしまう。
②業種により「仕事始め」も違うが、具体的にはどうするのか?
③「休暇取得」ということなら、
・有給休暇の保有日数が少ない人は困る
・年末年始に半強制的に有給休暇を消化しなければいけなくなる
・年末年始ではなく別の時期に休暇を取りたい人もいる
④休みが増えればいわゆる「非正規」「日雇い」の人は収入減少になってしまう。
2.「外出自粛」なのか?「移動制限」なのか?そうではないのか?
①非常事態宣言の時のように不要不急の「移動自粛」「外出自粛」という話かと思ったら、片方で「GoToキャンペーン」特に「GoToトラベル」をやっているのだからやはり趣が違う。
③「GoToトラべル」の1日当たりの適用数を分散しないと「人出のバランス」は崩れる
3.「働き方改革」なのか?「感染抑制」なのか?
①「働き方改革」につながるというすり替えた議論が目立ちます。
年末年始の休みを長く取ったところで「働き方改革」にはつながりません。1年365日の中で働き方、休暇の取り方や残業の在り方を考えてこそ「働き方改革」なのです。
②初詣あるいは交通機関等の人出集中を避けたいという思惑も見え隠れします。
・社寺への「初詣」の具体的な在り方を国家が管理するということなのかと思ってしまいます。
・寺社のかき入れ時の所得補償をしてほしいという話が出てきそうです。
・新幹線・航空機・長距離バスなどの定員制限もしなければいけません。
※高速道路は大渋滞になるでしょう。大雪でも降ればパニックです。
おそらく、サラリーマンをやっていない特別な働き方の人たちの発言による煮詰まっていない議論のような感じがしてしまいます。
そもそもこの話のおかしいのは「人手の集中」を避けたい方策として「連続休暇の取得」ということをメインに出してしまったことです。
私なら、
①企業が儀礼として行っている「年末・年始の挨拶回り」の自粛を要請する。
●そもそもそれほど重要とも思われません。「顔見世」の性格が強いようです。1月中にやればいいくらいの「意識改革」が必要です。
●「今年はお世話になりました」「今年もよろしく」という挨拶回りですが、盃を交わしたり、今年の景気や業績や人事の話を形式的に短時間ですることが多いようです。
●この「挨拶回り」のためにだけ出勤しなければいけない社員もいるのです。
●年賀の挨拶状あるいはメールで十分です。
②企業の初詣をずらす。
多くの企業が「仕事初め」には寺社に団体で初詣をなさいますが、各企業には年初めを避ける要請をする。
この「初詣」があるために出勤しなければいけない(休めない)社員もいるのです。
「初詣」「年頭の挨拶」が済めば半ドンまたは宴会という企業もあります。
そういう「ためにする仕事」を減らすことこそ「働き方改革」なのです。
③年末・年始の休業は今まで通りとし、「業務の縮小」「休暇取得の交代・分散」の要請をする。
●「非常事態宣言」でもなく、「移動自粛」でもないのなら「連続休暇」は返って「人出が集中」してしまいます。
●不思議なもので定休日が少ないと「休暇は分散」します。
そうはいっても「子どもの休みの時に休暇を取りたい」「正月に帰省したい」と言う人は限定的です。
・受験生をお持ちの場合はどこにも出かけられないのです。
・受験生あるいは小中学生をお持ちじゃない方の自由度は高いので「決められた連続休暇」よりも「自由度の高い連続休暇」のほうが喜ばれます。
・雪国への帰省を避ける方多いようです。
・スキーやスケボー組は1月初旬よりも1月後半や2月を好みます。
海外旅行が制約されている以上は国内移動に行動を移す人が増えてしまいます。
年末年始に休暇を集中させるという発想がよくわかりません。
要は「移動・外出の平準化」を図るということを目指したほうが、「感染拡大」や「経済の活性化」には有意義なような気がします。
<参考>
「年末年始 1月11日まで休暇延長を要請へ 新型コロナ政府分科会」(NHK 2020年10月23日)
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20201023/k10012678151000.html
「手洗い」「マスク」「三密」「ソーシャルディスタンス」を続けよう! [新型コロナ]
「継続は力なり」と言う言葉があります。
まるで「新型コロナ」が激減したかのような雰囲気もある今日この頃ですが、こと東京では患者数は微増横ばいと言う高止まりの状況にあります。
ただ、街行く人の中には「新型コロナ」から解放されたとでも思っているような人もいらっしゃいます。
特に、
●煙草を吸うことを免罪符にマスクをしない人
●息苦しいを言い訳に鼻を出してマスクをしている人
●来るなと思ってもそばに寄ってくる人
●スーパーの商品棚の間で大きな声で話す人たち
●トイレに行っても手を洗わない人
等々、いつも以上に気になってしまいます。
「コロナにかかっても症状は軽い」と思うのは勝手ですが、やはり、
●重症化したときの不安
●医療機関、医療関係者の負担増
を考えれば今までとは違うのです。
「激減宣言」が出ない限り油断は禁物です。
新型コロナは明らかに生活や行動を変えました。
そこがわかっていない人もいるようです。
有益か無用かはよくわかりませんが、新型コロナが流行してからの自衛策はそれなりに奏功しているはずです。
●手洗いの励行
●マスクの着用
●「三密」(密集、密接、密閉)の回避
●「ソーシャルディスタンス」の順守
は続けたいものです。
かかってから後悔はしたくないのです。
「継続は力なり」
あの頃は「バカなことやっていたよな」と笑える日が来るまでは。
まるで「新型コロナ」が激減したかのような雰囲気もある今日この頃ですが、こと東京では患者数は微増横ばいと言う高止まりの状況にあります。
ただ、街行く人の中には「新型コロナ」から解放されたとでも思っているような人もいらっしゃいます。
特に、
●煙草を吸うことを免罪符にマスクをしない人
●息苦しいを言い訳に鼻を出してマスクをしている人
●来るなと思ってもそばに寄ってくる人
●スーパーの商品棚の間で大きな声で話す人たち
●トイレに行っても手を洗わない人
等々、いつも以上に気になってしまいます。
「コロナにかかっても症状は軽い」と思うのは勝手ですが、やはり、
●重症化したときの不安
●医療機関、医療関係者の負担増
を考えれば今までとは違うのです。
「激減宣言」が出ない限り油断は禁物です。
新型コロナは明らかに生活や行動を変えました。
そこがわかっていない人もいるようです。
有益か無用かはよくわかりませんが、新型コロナが流行してからの自衛策はそれなりに奏功しているはずです。
●手洗いの励行
●マスクの着用
●「三密」(密集、密接、密閉)の回避
●「ソーシャルディスタンス」の順守
は続けたいものです。
かかってから後悔はしたくないのです。
「継続は力なり」
あの頃は「バカなことやっていたよな」と笑える日が来るまでは。
菅首相が言う「国民」って誰のこと? [少し政治的な話を。。。。]
菅内閣が発足してから1か月が経過したそうです。
私の足下の生活にはまだ大きな影響はありませんのでその評価は敢えてするのはよしましょう。
ただ、気になることが二つあります。
一つは「日本学術会議」の任命問題
一つは菅総理が「国民」という言葉をよく使われること
1.日本学術会議の任命問題はもはや旧聞になってしまった感がありますが、菅内閣の性格をよく表しているある意味「危うい話」の一つです。
①従来の任命方式と異なり、日本学術会議が推薦した新会員候補105人の内6人が任命を拒否された問題は実はとても不可思議なそして危うい問題のようです。
・任命を拒否されたり理由の具体的説明がない
・「組織の見直し」論があるにせよまだ見直しが終わっていないあるいは見直しのアナウンスがない中での激変は一般ルール違反である
・こういうやり方が国民生活全般の政策決定に適用される懸念もある
といったことがあげられます。
特に、こういうやり方が菅首相の手法なんだと思わせてしまいました。
ドラマや映画で見た戦争に突き進んだ軍事政権の強権的やり方に通じるものがあります。
「菅首相は自分の気に入ったことには強引なんだ」と思わざるを得ません。
②そもそもや日本学術会議の活動ぶりや組織の性格もわかりません。
会員は特別公務員だというところから話が複雑になります。
「特別公務員」という点を強調すると「公務員を選ぶのだから一部の人を拒否したんだ」という理屈も成り立ってしまいます。
国家予算10億円の補助を受けていることがいいか悪いかはまた別問題ですが、
・どんな組織なのか?
・その組織は必要なのか?
・どんな活動をしているのか?
が一般国民には不案内なまま議論されている不思議があります。
組織の在り方論に先行して「任命問題」を優先したところにこの問題の難しさがあります。
これでは恐怖政治に近いものがあります。
2.こういう問題の説明や会見の席上で菅首相は「国民」という言葉をよく使われる点はとても気になります。
「私も国民だけどあんたが言う国民には含まれないようだ」
と思う人も多数いるような気がします。
菅首相が「国民」という言葉を使えば使うほど「あなたが言う国民はどんな人ですか?」と聞いてみたくなります。
妙に「国民」という言葉が目立つ総理大臣ですが。。。。
私の足下の生活にはまだ大きな影響はありませんのでその評価は敢えてするのはよしましょう。
ただ、気になることが二つあります。
一つは「日本学術会議」の任命問題
一つは菅総理が「国民」という言葉をよく使われること
1.日本学術会議の任命問題はもはや旧聞になってしまった感がありますが、菅内閣の性格をよく表しているある意味「危うい話」の一つです。
①従来の任命方式と異なり、日本学術会議が推薦した新会員候補105人の内6人が任命を拒否された問題は実はとても不可思議なそして危うい問題のようです。
・任命を拒否されたり理由の具体的説明がない
・「組織の見直し」論があるにせよまだ見直しが終わっていないあるいは見直しのアナウンスがない中での激変は一般ルール違反である
・こういうやり方が国民生活全般の政策決定に適用される懸念もある
といったことがあげられます。
特に、こういうやり方が菅首相の手法なんだと思わせてしまいました。
ドラマや映画で見た戦争に突き進んだ軍事政権の強権的やり方に通じるものがあります。
「菅首相は自分の気に入ったことには強引なんだ」と思わざるを得ません。
②そもそもや日本学術会議の活動ぶりや組織の性格もわかりません。
会員は特別公務員だというところから話が複雑になります。
「特別公務員」という点を強調すると「公務員を選ぶのだから一部の人を拒否したんだ」という理屈も成り立ってしまいます。
国家予算10億円の補助を受けていることがいいか悪いかはまた別問題ですが、
・どんな組織なのか?
・その組織は必要なのか?
・どんな活動をしているのか?
が一般国民には不案内なまま議論されている不思議があります。
組織の在り方論に先行して「任命問題」を優先したところにこの問題の難しさがあります。
これでは恐怖政治に近いものがあります。
2.こういう問題の説明や会見の席上で菅首相は「国民」という言葉をよく使われる点はとても気になります。
「私も国民だけどあんたが言う国民には含まれないようだ」
と思う人も多数いるような気がします。
菅首相が「国民」という言葉を使えば使うほど「あなたが言う国民はどんな人ですか?」と聞いてみたくなります。
妙に「国民」という言葉が目立つ総理大臣ですが。。。。
「産業政策」を考えなければ [みんなうすうす気づいている]
新型コロナや菅内閣の誕生で何となく「新しい発想」が芽生えたような今日この頃です。
ただ、不思議に感じることがあります。
1.「テレワーク」ご隆盛はいいのですが、現場のある仕事はテレワークはできない。
おそらく「テレワークで済むようなお仕事」は、
●そんなに人手がいらない
●そのうちAIにとってかわられる
と言うこと。
他方、農業、林業、水産業、工業などの現場はテレワークと言うわけにはいかないはずです。
今まででもずいぶん機械に置き換わってきました。
「人手がいらない」と言うことなら「賃金の高い日本でもできる」と言うこと。
また、国際競争力を高め所得を増やすのならやはりmade in JAPAN 日本の「モノづくり」のはず。
2.デジタル化は「マイナンバー」をどうするかがカギ
「デジタル庁」を作るということで頑張っていらっしゃる菅内閣ですが、
●「マイナンバー」をどう使うのか?
についてはあまり議論されようとしません。
「センシティブ情報」を取り込まなければ思った成果は上げられないはずです。
●「役所」間連携は「デジタル庁」を作るまでもなくできそうです。
なんだか「やっている」感を出すためなら少し残念です。
一般企業でもデジタル化は費用も掛かりかつ全社的な理解が必要な案件ですが、ここまで大騒ぎはしません。粛々とやるべきことではないでしょうか?
3.携帯電話料金の引き下げは大容量使用者にメリットがあるだけかも
どうやら月に20GBくらい使う人の料金引き下げがポイントのようです。
私のようにWi-Fiを駆使しながら毎月のインターネット接続を1GBに抑えている者にはあまり恩恵はないのかもしれません。
そもそもインターネット接続料金が高いのですよ。
Wi-Fi料金の引き下げの方が私にはありがたいのです。
お子さんがパソコンやタブレットで授業を受けるようになれば、この「インターネット接続料金」の引き下げこそ有効・有益なはずです。
4.「脱ハンコ」も部署部署でできることも多いはず
昨日はお役所にある書類を提出しました。
この書類はかなり前から「押印不要」です。
日本国の総理大臣が声をかけなくても、すでに「押印省略」が行われているものもあるし、また部署部署で考えれば更なる省略ができるものも多いはずです。
「宅配便」の受け取りですら「ハンコ」はいらないのですから。
「テレワークになってもハンコが必要」とおっしゃる方もいらっしゃるようですが、テレワークができるような組織なら「脱ハンコ」も簡単にできるはずです。
ことの軽重がわかれば「ハンコがなくても」「サインだけでも」「自署だけでも」と言う考え方が生まれてくるものです。
学校と父兄の日常的なやり取りに「ハンコがいる」と言うのも不思議な話です。
少し考えれば「ハンコがなくてもいいや」と言うこともたくさんあるはずです。
5.「不妊治療」助成の問題
今ある制度を拡充することと何が違うのでしょう?
少子化、子育ての課題の一つかもしれませんが全体像が見えてきません。
菅内閣が発足して1か月が過ぎたそうです。
ふと気がつくとなんだか小さな虫メガネで見るようなところに目が行ってばかりの菅政治のような気がしてきました。
もう少し「国家ビジョン」を見てみたくなりました。
例えば、「産業政策」です。
「ワーケーション」やら「観光」よりも優先順位の高い「ものづくり」のことを政治家もマスコミもお忘れではないでしょうか。。。。
ややもするとサービス業主体の政策が多いような気がします。
人口減少社会、高齢化社会、高学歴社会と言う日本に今必要なのは付加価値の高いあるいは国際競争力のある「ものづくり」のはずです。
「消費が伸びない」と言われても「必要でもないものにお金を使う」つもりは誰にもないはずです。
安倍政権~菅政権と続く政策を見ていると、「日本と言う国を将来に向けて強くする」ことが欠けているような気がしてきました。
日本を虫眼鏡で見ることはとても重要なことですが、その一つ一つが作り上げる姿が見えてきません。
新型コロナは新しい国家像を提案してくれそうです。
にもかかわらず一つ一つの政策は小さすぎるような気がしてきました。
危うし日本!
今こそ「産業政策」を考えなければいけない。
ただ、不思議に感じることがあります。
1.「テレワーク」ご隆盛はいいのですが、現場のある仕事はテレワークはできない。
おそらく「テレワークで済むようなお仕事」は、
●そんなに人手がいらない
●そのうちAIにとってかわられる
と言うこと。
他方、農業、林業、水産業、工業などの現場はテレワークと言うわけにはいかないはずです。
今まででもずいぶん機械に置き換わってきました。
「人手がいらない」と言うことなら「賃金の高い日本でもできる」と言うこと。
また、国際競争力を高め所得を増やすのならやはりmade in JAPAN 日本の「モノづくり」のはず。
2.デジタル化は「マイナンバー」をどうするかがカギ
「デジタル庁」を作るということで頑張っていらっしゃる菅内閣ですが、
●「マイナンバー」をどう使うのか?
についてはあまり議論されようとしません。
「センシティブ情報」を取り込まなければ思った成果は上げられないはずです。
●「役所」間連携は「デジタル庁」を作るまでもなくできそうです。
なんだか「やっている」感を出すためなら少し残念です。
一般企業でもデジタル化は費用も掛かりかつ全社的な理解が必要な案件ですが、ここまで大騒ぎはしません。粛々とやるべきことではないでしょうか?
3.携帯電話料金の引き下げは大容量使用者にメリットがあるだけかも
どうやら月に20GBくらい使う人の料金引き下げがポイントのようです。
私のようにWi-Fiを駆使しながら毎月のインターネット接続を1GBに抑えている者にはあまり恩恵はないのかもしれません。
そもそもインターネット接続料金が高いのですよ。
Wi-Fi料金の引き下げの方が私にはありがたいのです。
お子さんがパソコンやタブレットで授業を受けるようになれば、この「インターネット接続料金」の引き下げこそ有効・有益なはずです。
4.「脱ハンコ」も部署部署でできることも多いはず
昨日はお役所にある書類を提出しました。
この書類はかなり前から「押印不要」です。
日本国の総理大臣が声をかけなくても、すでに「押印省略」が行われているものもあるし、また部署部署で考えれば更なる省略ができるものも多いはずです。
「宅配便」の受け取りですら「ハンコ」はいらないのですから。
「テレワークになってもハンコが必要」とおっしゃる方もいらっしゃるようですが、テレワークができるような組織なら「脱ハンコ」も簡単にできるはずです。
ことの軽重がわかれば「ハンコがなくても」「サインだけでも」「自署だけでも」と言う考え方が生まれてくるものです。
学校と父兄の日常的なやり取りに「ハンコがいる」と言うのも不思議な話です。
少し考えれば「ハンコがなくてもいいや」と言うこともたくさんあるはずです。
5.「不妊治療」助成の問題
今ある制度を拡充することと何が違うのでしょう?
少子化、子育ての課題の一つかもしれませんが全体像が見えてきません。
菅内閣が発足して1か月が過ぎたそうです。
ふと気がつくとなんだか小さな虫メガネで見るようなところに目が行ってばかりの菅政治のような気がしてきました。
もう少し「国家ビジョン」を見てみたくなりました。
例えば、「産業政策」です。
「ワーケーション」やら「観光」よりも優先順位の高い「ものづくり」のことを政治家もマスコミもお忘れではないでしょうか。。。。
ややもするとサービス業主体の政策が多いような気がします。
人口減少社会、高齢化社会、高学歴社会と言う日本に今必要なのは付加価値の高いあるいは国際競争力のある「ものづくり」のはずです。
「消費が伸びない」と言われても「必要でもないものにお金を使う」つもりは誰にもないはずです。
安倍政権~菅政権と続く政策を見ていると、「日本と言う国を将来に向けて強くする」ことが欠けているような気がしてきました。
日本を虫眼鏡で見ることはとても重要なことですが、その一つ一つが作り上げる姿が見えてきません。
新型コロナは新しい国家像を提案してくれそうです。
にもかかわらず一つ一つの政策は小さすぎるような気がしてきました。
危うし日本!
今こそ「産業政策」を考えなければいけない。
「自分を成長させたい」などと気軽に言わないで [シュウカツ]
採用の面接をしていてうんざりするのは「自分を成長させたい」と言うやり取り。
企業は必死です。
企業と言う集団を発展させたいというのは誰も同じ思いです。
破綻の道に向かうような人は採用したくないのです。
また、多くの従業員やその家族の生活や人生を支えているのも事実です。
若いおにいちゃんやおねえちゃんに手前勝手に「自分を成長させたい」などと気安く言ってほしくないのです。
いつのころからかこんな風におっしゃる学生さんが増えました。
企業内部の人間からしたら「そんなの知ったことか」「成長は結果論であり目的にするな」と言いたくなってしまいます。
なら、どうすればいいのか。
わたしなら「こんな私でも皆さんのお役に立ちたい」くらいで十分です。
そう答えたら、「あなたはどんなふうにお役に立てますか?」と聞かれるはずです。
そこが個性や今までの経験の見せ所です。
●学校で習った〇〇を現場で試したい
●バイトで培った××を活かしたい
●父や母に教えられた△△で頑張りたい
等々いくらでも具体的な話ができるはずです。
「ないようであるのが夢、あるようでないのが夢」です。
「仕事に夢中になりたい」と言ってほしいものです。
最近のマスコミは「働かないことが自己実現」のように伝える風潮があります。
「働くとき」と「自分の時間を楽しむとき」の区別ができる人生でありたいものです。
若者よ!仕事に夢中になる時があってもいいではないですか。。。。
「バスの天井」に頭をぶつける [究極のCS、究極の金儲け]
まさか、「バスの天井に頭をぶつける」なんてと思わず笑ってしまいました。
私が頭をぶつけたのはこの三角のマークのところでした。
注意喚起のはずがそのものずばりだったとは思わず笑ってしまいました。
天井のマークを見ながらバスに乗り込む人はどのくらいいるのでしょうか?
せめて視線の方向に案内があったならと思ってしまいます。
駅のホームの上方に掲げられた看板「この附近は、大変混雑いたします。中程へお進みください。」と言う案内。
ホームに降りる階段からなら見渡せるかもしれませんが、ホームに降りた人には見えない案内です。
文体から見るとおそらくかなり古くからあるものなのでしょう。
誰も気づかないのでしょうか?
せめてホームに立つ乗客の足元に書いてあればメッセージの効果ももっと高まるのではないでしょうか。
今どきのちょっとした工夫が見える案内です。
コロナで電車の窓も換気のために少し開けることが増えました。
「ここまでなら5センチですよ」「ここまでなら10センチですよ」
とさりげなく教えてくれています。
街にあるさりげない「案内」何気ない「案内」ですが気になることがあります。
さすがという「案内」、もう一工夫と言う「案内」。
知恵の見せ所です。
案内をしようと言う発想は評価できるのですが、その案内を伝えようとする発想があったかどうか?
世のなかにはこういうことが意外にも多いものです。
こういうのはおそらく学校では教えてくれないはずです。
私が頭をぶつけたのはこの三角のマークのところでした。
注意喚起のはずがそのものずばりだったとは思わず笑ってしまいました。
天井のマークを見ながらバスに乗り込む人はどのくらいいるのでしょうか?
せめて視線の方向に案内があったならと思ってしまいます。
駅のホームの上方に掲げられた看板「この附近は、大変混雑いたします。中程へお進みください。」と言う案内。
ホームに降りる階段からなら見渡せるかもしれませんが、ホームに降りた人には見えない案内です。
文体から見るとおそらくかなり古くからあるものなのでしょう。
誰も気づかないのでしょうか?
せめてホームに立つ乗客の足元に書いてあればメッセージの効果ももっと高まるのではないでしょうか。
今どきのちょっとした工夫が見える案内です。
コロナで電車の窓も換気のために少し開けることが増えました。
「ここまでなら5センチですよ」「ここまでなら10センチですよ」
とさりげなく教えてくれています。
街にあるさりげない「案内」何気ない「案内」ですが気になることがあります。
さすがという「案内」、もう一工夫と言う「案内」。
知恵の見せ所です。
案内をしようと言う発想は評価できるのですが、その案内を伝えようとする発想があったかどうか?
世のなかにはこういうことが意外にも多いものです。
こういうのはおそらく学校では教えてくれないはずです。
「右側通行」か「左側通行」か [どう受け止めたらいいのか]
「人は右、車は左」
これは私が子供の頃(小学校の頃)最初に教わった交通ルールでした。
さて、今はどうなのでしょう?
道路はと言えば、左側を歩く人がずいぶん増えました。
小学校の下校の時間などを見ていても、子どもたちも「左側」「右側」の区別なく帰途を急いでいるようです。
大人も誰も注意したりと言う野暮なことはしません。
たしかに、
・総じて交通事故が減った
・歩道や歩行帯が整備され、右側か左側かの区別をしなくても比較的安全に歩けるようになった
と言うこともあるのでしょう。
特に目立って変わったのは、「駅」の階段や大きな「病院」の廊下なども「左側通行」を義務付けているところも増えました。
ここで「右側通行」が推奨されなかったのは不思議と言えば不思議ですが。
ところが、そのアナウンスは、
・通行人の目に留まらないところの表示
・時々の拡声器を使ったアナウンス
が中心です。
本当に徹底したいのかどうかと思ってしまいます。
東京の駅のようにどちらかに決めないと人が多すぎて通行ができなくなってしまう(ぶつかる)ようなところでは通行人も一定の規則性を持って歩くのが定着してきたようです。
しかし、表示が控えめなところでは混乱も見られたり、あるいは「大人の対応」でうまく言っているところがたくさんあります。
ただ、「高齢者」の増加、「車いす」「杖」「ヘルプマーク」の人も増えてきました。
また腰痛に悩まされる私のような「隠れ障碍者」や「妊婦さん」もおそらく多いことでしょう。
また、インバウンドの方には日本文化がわからないということもあるかもしれません。
とにもかくにも「ぶつかるリスク」が隠れています。
さらには、電動アシスト自転車のように今まで想定しなかったものも生まれかつ一般化しています。
最近の世のなかでよくわからないのは「ルールがあるのかないのか?」「ルールを守らなくてもうまくいくのか?」と言うこと。
日本が国際的にも「マナーのいい国」になってきた背景にはこのルールを徹底するということが大きく貢献したのではないでしょうか。
今、いろいろなことで「ルールはどうなっているんだ」「本当はこういうルールなんだよ」と言うことが増えてきたような気がします。
「まぁそんなに堅苦しいことを言うなよ」
と言うには、違和感があるような気がしてならない今日この頃です。
「規制緩和」「改善」と言う政治スタイルがもてはやされていますが、
・何事も原理原則がある
・今まで想定しなかった新しいリスクが生まれている
と言うことを忘れてはいけません。
これは私が子供の頃(小学校の頃)最初に教わった交通ルールでした。
さて、今はどうなのでしょう?
道路はと言えば、左側を歩く人がずいぶん増えました。
小学校の下校の時間などを見ていても、子どもたちも「左側」「右側」の区別なく帰途を急いでいるようです。
大人も誰も注意したりと言う野暮なことはしません。
たしかに、
・総じて交通事故が減った
・歩道や歩行帯が整備され、右側か左側かの区別をしなくても比較的安全に歩けるようになった
と言うこともあるのでしょう。
特に目立って変わったのは、「駅」の階段や大きな「病院」の廊下なども「左側通行」を義務付けているところも増えました。
ここで「右側通行」が推奨されなかったのは不思議と言えば不思議ですが。
ところが、そのアナウンスは、
・通行人の目に留まらないところの表示
・時々の拡声器を使ったアナウンス
が中心です。
本当に徹底したいのかどうかと思ってしまいます。
東京の駅のようにどちらかに決めないと人が多すぎて通行ができなくなってしまう(ぶつかる)ようなところでは通行人も一定の規則性を持って歩くのが定着してきたようです。
しかし、表示が控えめなところでは混乱も見られたり、あるいは「大人の対応」でうまく言っているところがたくさんあります。
ただ、「高齢者」の増加、「車いす」「杖」「ヘルプマーク」の人も増えてきました。
また腰痛に悩まされる私のような「隠れ障碍者」や「妊婦さん」もおそらく多いことでしょう。
また、インバウンドの方には日本文化がわからないということもあるかもしれません。
とにもかくにも「ぶつかるリスク」が隠れています。
さらには、電動アシスト自転車のように今まで想定しなかったものも生まれかつ一般化しています。
最近の世のなかでよくわからないのは「ルールがあるのかないのか?」「ルールを守らなくてもうまくいくのか?」と言うこと。
日本が国際的にも「マナーのいい国」になってきた背景にはこのルールを徹底するということが大きく貢献したのではないでしょうか。
今、いろいろなことで「ルールはどうなっているんだ」「本当はこういうルールなんだよ」と言うことが増えてきたような気がします。
「まぁそんなに堅苦しいことを言うなよ」
と言うには、違和感があるような気がしてならない今日この頃です。
「規制緩和」「改善」と言う政治スタイルがもてはやされていますが、
・何事も原理原則がある
・今まで想定しなかった新しいリスクが生まれている
と言うことを忘れてはいけません。
「個人情報」と「機微情報(センシティブ情報)」の区別を [どう受け止めたらいいのか]
「個人情報」云々と言うと胸騒ぎがする方も多いと思います。
私の場合は数々の個人情報をポイントカードなどに提供しているため、いつばれてもおかしくない状況にあります。
ただ、気をつけなければいけないのは、「機微情報」(センシティブ情報)までは流出させたくないということです。
「機微情報」(センシティブ情報)の主なものは、
●銀行~預金の状況、借入金の状況、倒産履歴等
●保険会社~病歴、給付の状況等
●病院(医師、看護師、事務局等)・保健所等~病歴、病気の状況、服用の薬の状況等
●調剤薬局(薬剤師・スタッフ等)~服薬の状況等
●役所~戸籍、住民登録、固定資産の保有状況、納税状況等
●警察・検察~犯罪歴、行政処分歴等
●税務署~納税の状況等
●労働組合~労働組合への加入状況等
●学校(教員・事務スタッフ)~学業成績の状況等
●寺社~檀家・氏子などの情報
など「差別」につながる事象、「信用状況」を明らかにする事象等は特に慎重な取り扱いを求められます。
こういう特に慎重な取り扱いが求められる「個人情報」が少し安易に語られていることもあるようです。
今、「デジタル化」ということに光が当たり、もっとマイナンバーカードを普及させるべきだと私は思っていますが、「マイナンバーカード」普及のために「マイナポイント」なる安っぽいサービスを付加したりする状況を見るにつけ「機微情報(センシティブ情報)」の宝庫なのにこういうやり方でいいのかと思わざるを得ません。
「デジタル庁」「行政のデジタル化」に力を入れるのは納得ですが、センシティブな情報にどのようなガードをかけていくのかというのも大きな課題だということ念頭に入れておかなければいけません。
調剤薬局などでも「大きな声」で服用している薬の状況や服用の薬の説明をなさっているケースがよくあります。
特にドラッグストア併設の「調剤薬局」ではセンシティブな情報が一般客に漏れ聞こえてしまう状況の店舗もあるようです。
自宅の近くの薬局さんでは「知られたくない情報が近所の人に漏れてしまうこともありそう」です。
「機微情報(センシティブ情報)」に無頓着な人が多いのも少し残念な気がします。
※「個人情報保護法」では「要配慮個人情報」と定義されているようです。
弁護士法人 三宅弁法律事務所のサイト(2017.03.08)によると、
解説的には、
〇「要配慮個人情報」とは、本人の人種、信条、社会的身分、病歴、犯罪の経歴、犯罪により害を被った事実その他本人に対する不当な差別、偏見その他の不利益が生じないようにその取扱いに特に配慮を要するものとして法第2条第3項に定める要配慮個人情報をいう。
〇「機微(センシティブ)情報」とは、要配慮個人情報並びに労働組合への加盟、門地、本籍地、保健医療及び性生活(これらのうち要配慮個人情報に該当するものを 除く。)に関する情報(本人、国の機関、地方公共団体、法第76 条第1項各号若しくは施行規則第6条各号に掲げる者により公開されているもの、又 は、本人を目視し、若しくは撮影することにより取得するその外形上明らかなものを除く。)
私の場合は数々の個人情報をポイントカードなどに提供しているため、いつばれてもおかしくない状況にあります。
ただ、気をつけなければいけないのは、「機微情報」(センシティブ情報)までは流出させたくないということです。
「機微情報」(センシティブ情報)の主なものは、
●銀行~預金の状況、借入金の状況、倒産履歴等
●保険会社~病歴、給付の状況等
●病院(医師、看護師、事務局等)・保健所等~病歴、病気の状況、服用の薬の状況等
●調剤薬局(薬剤師・スタッフ等)~服薬の状況等
●役所~戸籍、住民登録、固定資産の保有状況、納税状況等
●警察・検察~犯罪歴、行政処分歴等
●税務署~納税の状況等
●労働組合~労働組合への加入状況等
●学校(教員・事務スタッフ)~学業成績の状況等
●寺社~檀家・氏子などの情報
など「差別」につながる事象、「信用状況」を明らかにする事象等は特に慎重な取り扱いを求められます。
こういう特に慎重な取り扱いが求められる「個人情報」が少し安易に語られていることもあるようです。
今、「デジタル化」ということに光が当たり、もっとマイナンバーカードを普及させるべきだと私は思っていますが、「マイナンバーカード」普及のために「マイナポイント」なる安っぽいサービスを付加したりする状況を見るにつけ「機微情報(センシティブ情報)」の宝庫なのにこういうやり方でいいのかと思わざるを得ません。
「デジタル庁」「行政のデジタル化」に力を入れるのは納得ですが、センシティブな情報にどのようなガードをかけていくのかというのも大きな課題だということ念頭に入れておかなければいけません。
調剤薬局などでも「大きな声」で服用している薬の状況や服用の薬の説明をなさっているケースがよくあります。
特にドラッグストア併設の「調剤薬局」ではセンシティブな情報が一般客に漏れ聞こえてしまう状況の店舗もあるようです。
自宅の近くの薬局さんでは「知られたくない情報が近所の人に漏れてしまうこともありそう」です。
「機微情報(センシティブ情報)」に無頓着な人が多いのも少し残念な気がします。
※「個人情報保護法」では「要配慮個人情報」と定義されているようです。
弁護士法人 三宅弁法律事務所のサイト(2017.03.08)によると、
解説的には、
〇「要配慮個人情報」とは、本人の人種、信条、社会的身分、病歴、犯罪の経歴、犯罪により害を被った事実その他本人に対する不当な差別、偏見その他の不利益が生じないようにその取扱いに特に配慮を要するものとして法第2条第3項に定める要配慮個人情報をいう。
〇「機微(センシティブ)情報」とは、要配慮個人情報並びに労働組合への加盟、門地、本籍地、保健医療及び性生活(これらのうち要配慮個人情報に該当するものを 除く。)に関する情報(本人、国の機関、地方公共団体、法第76 条第1項各号若しくは施行規則第6条各号に掲げる者により公開されているもの、又 は、本人を目視し、若しくは撮影することにより取得するその外形上明らかなものを除く。)
「調剤薬局」は機能しているのか? [どう受け止めたらいいのか]
腰痛のため少し大きな病院で診てもらっています。
そこで気になるのは「薬局」(薬の処方)のこと。
お医者さん曰く、「なるべく院外処方を使ってほしいと指示されている」とのこと。
私の場合は、特にこだわりもないので「院外処方」「ジェネリック薬品」を使っています。
ただ、少し気になることも。。。。
一つは(失礼ながら)薬局が「バカ丁寧なこと」
CS(顧客満足)を意識してかお話がすごく丁寧です。
私としては丁寧は重要だとは思いますが、「バカ丁寧」な必要はないのではないかと思っています。
先日のこと、薬を受け取った時、「何か物足りないな」「後でもらった書類をよく確認しよう」と店を後にしたのですが、雨の中を私を追いかけてくる女性の方がありました。
「お渡しするのを忘れていました」
と言って「薬の説明文書」や「領収書」一式を渡していただきました。
降り始めた雨の中を傘もささずに私を追いかけていただいたようです。
裸のまま丸められた書類には雨粒もついていました。
一つは「安いのか高いのかよくわからないこと」
何となく「院内処方の方が安いような」気がしてしまいます。
一つは「いろいろ聞かれたり、説明される」ことの中に的を得ないことがあること
特に、「お医者さんに変わって説明なさろう」とする姿勢は好感が持てる部分もあるものの、「ほかにどんな薬を飲んでいるのか?」と質問されたときに戸惑うことも。
私は「腰痛関連」の薬しか飲んでいないので、「処方されるときに医師から十分に説明を受けている」はずです。
「飲み合わせ」を云々と言われても、医師と連絡を取ってもらわない限り私にはどうすることもできません。
まじまじと「説明文書」を見たら、「・・・・等の症状が現れた時は、すぐにお知らせください」と書いてありました。
しかし「異常が現れたら、医師に相談する方が現実的」な気もします。
私的には調剤薬局にどこまでお任せできるのか不安もあります。
ある意味個人情報を店頭で縷々話すことにも違和感があります。
「調剤薬局」と言うのはおそらくいいシステムなのでしょう。
6年もかかる薬学部を卒業された薬剤師さんの腕の見せ所かもしれません。
ただ、医師と患者の一体感とは少し距離感があるような気がします。
「領収証」をよく見ると「薬剤服用歴管理指導料」と言うものがあるのがわかりました。
複数の病院にかかりいろいろな薬を飲んでいる人への服用チェックにはなるものの、「処方された薬」をどうすべきなのかは患者の側にはよくわかりません。
「患者が飲んでいるすべての薬」あるいは「お薬手帳」を「医師」も精査する必要があるはずです。
※多くの医師は必ず確認します。
「お薬手帳」が完璧かどうかもわかりません。
「規制緩和」とか言い間口が広がるのはいいことだとは思いますが、「命」にもつながることについては有機的に連関していく仕組みにならなければ何のための「規制」だったのかわからなくなってしまいます。
「規制緩和」と言う甘い言葉に飲み込まれないようにしなければいけないかもしれません。
「調剤薬局」についていえば、患者と薬剤師さんの不幸の始まりになっても困りものです。
「税金を払うのは誰だ?」 [みんなうすうす気づいている]
コロナの影響で日本社会全体の体力が落ちているようです。
そこで「財政資金」を点滴を打つかのように注入しているのが今の日本社会。
行政も議員様も誰のお金かよくわからないままに「今使わなければいつ使うんだ」的に税金を原資とするバラマキをやっています。
「経済効果」と言うおまじないの下に。
病気の時の点滴薬は体力を回復し、今までのように元気な姿に体調を戻してもらうという期待がありますが、今の政府施策はどうなのでしょう?
コロナの前からの施策、例えば、地方創生、ふるさと納税、移住などもいつかは元気な身体となり納税と言う形で国にお返しをすると言うテコのような効果が期待されているはずです。
それは、消費税であったり、法人税であったり、所得税であったりします。
このコロナ禍でのバラマキは納税と言う形でいつかはお国にお返しすることができるのでしょうか?
そんなことを考えていたら、地方の方から電話をもらいました。
「人口はどんどん減り財政規模も縮小するというのに、土地を買収して箱モノを作り、そして地方議会議員の報酬を引き上げる」のだと。
おそらく、一人一人は正しいことをなさっているのでしょうが、全体で見たときにそういうことがうまくいっているのかどうか。。。。
合成の誤謬にならなければいいけど。
「会釈」と「ありがとうございます」で不愉快を愉快に [無駄の効用かやっぱり無駄か]
世の中はとかく「イライラする」ことや「むっとする」ことが多いものです。
日々の生活の中では、相手に悪気がなくても相性と言うのか、価値観の違いでもイラつくことは多々あります。
例えば、駐輪場。
「早く出なよ」と思う人もいます。
そこに私がすっと入るのだから。。。。
逆の場合もあります。
ちゃんと準備をしてから出ようと思っていても、次の人が急き立てるように待っている場合があります。
まぁ、渡世にはいろいろなことがあります。
私も小さなことで「むっとする」タイプでした。
ただ、いつの間にか、
●軽く会釈をする
●「ありがとうございます」と言う
ことを続けていたら何となく「怒る」こともずいぶん減りました。
それどころか相手の方も丁寧であったり、笑顔で返してくれたりするようなことが増えました。
人間ですから喜怒哀楽、特に「怒る」ことも多い人生ですが、ちょっとしたことでストレスも減るということがわかってきました。
どうせなら不愉快な気持ちで一日を送りたくないものです。
「会釈」と「ありがとうございます」を態度で表せば何となく不愉快が愉快に変わるので不思議です。
お試しあれ!
「携帯電話料金」の引き下げよりも「インターネット接続料金」の引き下げを! [みんなうすうす気づいている]
菅政権になってから「携帯電話料金の引き下げ」と言うテーマが強引に進められようとされています。
携帯電話料金が安くなるのはありがたいことですが、本当に安くなるのでしょうか?
携帯電話料金と言うのは、
●機種代金
●電話(通話)料金
●通信(インターネット接続)料金
●その他オプション
の組み合わせです。
どの部分がどのように安くなるのでしょうか?
若い人の中には、「スマホ命」と言うことで「スマホ中心」の生活ぶりが目立つのかもしれませんが、かなりの人が家庭用にインターネットを別に引き込み「自宅Wi-Fi」状態にあるはずです。
かく言う私も、家庭用、車載用、出張用といろいろなWi-Fi機器を組み合わせながら使っています。
結果としてスマホの料金を安く抑えながら、通信費全体としては相当の支払いを行っています。
このインターネット接続料金さえ安ければもう少し通信料も引き下げられるはずです。
あるいは、公共・公衆Wi-Fiの利用利便が向上すれば相応に携帯電話料金ひいてはインターネット関連通信費は大きく引き下がるはずです。
今、「小中学生には一人一台タブレット端末を配布」と言う政策が行われているとか。
お子さんが多いお宅などではこのタブレットのインターネット接続料負担も大変になるのではないでしょうか?
いろいろと結論ありきで政策を実行されるのもいいのですが、菅内閣の政策運営を見ていると「粗い」と言う気がしてしまいます。
目先の甘い話だけではなく、全体像や将来像を踏まえた政策決定、政策遂行が必要ではないでしょうか!
若い人たちに言いたいのは「企業組織に入るとスマホでは仕事は十分にできない」と言うことです。
やはり、便利使いのスマホと応用使いのパソコンの区別もしていかなければいけません。
そのときに考えられる「携帯電話料金の引き下げ」が実効性のあるものになっているのかはとても興味深いものがあります。
「こんなはずではなかった」が起きないように、具体的に現場感ある実態に即した政策遂行をしていただきたいものです。
閉店「パチンコ屋」を見る子どもたちの目 [どう受け止めたらいいのか]
どうやら駅前にあったパチンコ屋さんが閉店したようです。
先日は工事業者の方が機械を運び出したり、造作を壊していました。
今はシャッターが下りたままです。
思わず「時代」を感じてしまいました。
この店は小学生の通学路の途中にあるものですから、早朝の通学時に通りかかった子どもたちが、
「このパチンコ屋さんは潰れたらしいよ」
「いいことだと思うよ」
などと言いながら通り過ぎていきました。
子どもたちにパチンコ屋さんの状況がどこまでわかっているのかよくわかりませんが、「いいこと」と言う評価はおそらく親御さんがなさっているのをそのまま自分の言葉の中に受け入れたのでしょう。
「三つ子の魂百まで」とか「鉄は熱いうちに打て」などと言います。
子どもたちの前ではうっかりいろいろ言えないのと、逆に子どものうちに美しい生き方を体得してほしいものだと思ってしまいました。
ただ、大人たちが子どもたちをどう取り囲んでいるのかもまたよく考えなければいけません。
もう一つの「バリアフリー」 [どう受け止めたらいいのか]
最近のこと、腰痛がひどくなってからと言うもの、自分のものの見方に少し変化がありました。
バリアフリーと言えば、車イス、松葉杖、白い杖、高齢者、ヘルプマーク、ベビーカー等々を中心に考えていましたが、私のように見た目では健常者に見えてしまう者も「街中を歩くのはたいへんだ」ということがわかってきました。
一番大変なのは「階段」です。
思わずエスカレーターやエレベーターを捜してしまいます。
階段の昇降は「腰に負担」が大きくかかります。
「階段しかないところは行かない」という選択をすることがあります。
ただ、見た目は「健常者」ですから、1階だけエレベーターに乗る自分を気恥ずかしく思ったりします。
それから「電車やバスの座席」です。
コロナ禍の最中ですからあまり座りたくないので基本立っていますが「本当は座りたい」のが本音です。
しかしコロナの方がもっと怖いです。
さらには「街行く人とぶつかりそうになる」ことです。
街には速足で歩く人もたくさんいます。
電車に乗る時などは駆け込み乗車など他人を押しのけるように駆け歩く人もかなりいます。
こういう人がそばを通り抜けるとやはり恐怖を覚えてしまいます。
私自身は先を急ぐようなことが最近は少なくなりましたので、
・電車を降りたら一番最後にエレベーターやエスカレーターに乗る
・速足の人が来たら立ち止まって避ける
等々をやっています。
「バリアフリー」に関心が高い人も多いと思いますが、見た目ではわからないまでも、体力がない人や体調が悪い人や私のように腰痛持ちで歩行に障害がある者もいるんだなとあらためて気づきました。
しかし、世の中はどいう人を基準に動くのがいいのかは答えがなかなか見つかりません。
「スマホ」と「おむすびころりん」 [一人合点の「いい加減な話」]
電車やバスの中ではスマホを覗き込んでいる人がとても多いようです。
こういう車中に限らず、駅のホームあるいは歩きスマホと「スマホ」に首ったけの方も多いのが実情です。
私の背の高さだとちょうど画面がよく見えますので何気に覗き見ると、
●ニュースサイトを見ている人
●買い物サイトを見ている人
●ラインを打っている人
●ツイッターやフェースブックを覗き込んでいる人
●ゲームをやっている人(指先がよく動くタイプの人はゲームのようです)
●ブックサイトを読んでいる人
●(録画した)テレビドラマを見ている人
等々、様々なサイトがいろいろと見られているようです。
かつてのように狭い車内で新聞を広げて見たり、だらしなく漫画雑誌を読んだり、そして読み終えた新聞や雑誌を網棚(荷物棚)に放置しておく姿に比べればさほど大きな問題でもないような気もしないではないですが、スマホ族がこれほどまでに多いと不思議とイライラしてしまいます。
そんな時ふと気づかされたのは、スマホの向こうには「不思議な広がりを持った世界」があるのではないかと。
私のようにスマホ夢中が好きではないものからすれば「窓の外の景色や乗客の様子、車内の広告等々を見たり、思索に耽ったりの方が面白いのにな」と思ってしまいます。
それってまるで「おむすびころりんのおじいさんが穴からネズミの楽しそうな姿を覗き見た状況」に似ているのかもしれません。
電車の中で見るスマホ夢中の世界は「スマホと言うちっちゃない薄っぺらな箱ではなく、広がりを持った面白い世界がある」のではないかと言うことです。
部外者がスマホにイライラしたところで「スマホ夢中」の皆様には「わくわく事」になっているのでしょう。怒ったり気分を害するのは余計なことなのです。
その世界からの情報が日常生活にプラスになった人もいれば、真似てはみたがずるずるとスマホ中毒のような症状にはまってしまった人までいろいろいらっしゃるのかもしれません。
我々は1日は24時間と言う誰にも公平な「時」を与えられています。
スマホは便利ですが、これでは「生の情報」を見る時間がたりません。
物事を自分の目で見、耳で聞くせっかくのチャンスなのにもったいないことです。
こんなにスマホを使いまくれば「通信料」もバカにならないはずです。
電車の車内には無料の公衆Wi-Fiの案内が貼ってありました。
こういう車中に限らず、駅のホームあるいは歩きスマホと「スマホ」に首ったけの方も多いのが実情です。
私の背の高さだとちょうど画面がよく見えますので何気に覗き見ると、
●ニュースサイトを見ている人
●買い物サイトを見ている人
●ラインを打っている人
●ツイッターやフェースブックを覗き込んでいる人
●ゲームをやっている人(指先がよく動くタイプの人はゲームのようです)
●ブックサイトを読んでいる人
●(録画した)テレビドラマを見ている人
等々、様々なサイトがいろいろと見られているようです。
かつてのように狭い車内で新聞を広げて見たり、だらしなく漫画雑誌を読んだり、そして読み終えた新聞や雑誌を網棚(荷物棚)に放置しておく姿に比べればさほど大きな問題でもないような気もしないではないですが、スマホ族がこれほどまでに多いと不思議とイライラしてしまいます。
そんな時ふと気づかされたのは、スマホの向こうには「不思議な広がりを持った世界」があるのではないかと。
私のようにスマホ夢中が好きではないものからすれば「窓の外の景色や乗客の様子、車内の広告等々を見たり、思索に耽ったりの方が面白いのにな」と思ってしまいます。
それってまるで「おむすびころりんのおじいさんが穴からネズミの楽しそうな姿を覗き見た状況」に似ているのかもしれません。
電車の中で見るスマホ夢中の世界は「スマホと言うちっちゃない薄っぺらな箱ではなく、広がりを持った面白い世界がある」のではないかと言うことです。
部外者がスマホにイライラしたところで「スマホ夢中」の皆様には「わくわく事」になっているのでしょう。怒ったり気分を害するのは余計なことなのです。
その世界からの情報が日常生活にプラスになった人もいれば、真似てはみたがずるずるとスマホ中毒のような症状にはまってしまった人までいろいろいらっしゃるのかもしれません。
我々は1日は24時間と言う誰にも公平な「時」を与えられています。
スマホは便利ですが、これでは「生の情報」を見る時間がたりません。
物事を自分の目で見、耳で聞くせっかくのチャンスなのにもったいないことです。
こんなにスマホを使いまくれば「通信料」もバカにならないはずです。
電車の車内には無料の公衆Wi-Fiの案内が貼ってありました。
「名札」の役割 [究極のCS、究極の金儲け]
おそらく「名札」をつける企業や企業人が増えてきました。
しかし「名札」の役割は昭和の時代とはずいぶん変わってしまったようです。
例えば、
①「名札」に書いてある事柄
●昭和の「名札」は苗字(姓)のみでした。
●令和の「名札」は氏名(苗字と名前)に加えバーコードや数字が入っています。中には写真があったり出身地まで書き添えてある名札もあります。
※昭和の時代でもある業種に限っていえば「下の名前」だけのものもありました。
②「名札」をつける位置
●昭和の「名札」は胸につけるのが一般的でお客様に見えないつけ方は叱られたものです。
●令和の「名札」は首からかけている人も増えました。CS(顧客満足)重視の企業活動の中にあってお客様からは「名札」の本来の役割である名前が見えないという状態の人も増えました。
③外出時の「名札」の取り扱い
●昭和の「名札」は社内・店内から外に出るときは外すのが普通でした。
●令和の「名札」は公務・私用の別なくつけたままの人が増えました。横断歩道の赤信号で待っている時や電車の中でも「組織名・氏・素性」が他人にわかってしまうという状態にあります。
首にかけた名札の紐に企業名が織り込んであるものもあります。
Nikon、Canon、SONYの製品のベルトのように。。。
※背広の襟元につけていた「企業のバッチ」(特に銀行)がある時からなくなったことなども世の中では忘れられているのかもしれません。
かつては背広を着ている時はバッチ(徽章)をつけていないと叱られたものでしたが、私生活でトラブルに巻き込まれやすいということでいつの間にか廃止されました。
同じように多くの企業の社宅(舎宅)の看板も消えてしまいました。
(郵政舎宅、公務員宿舎などの表示は残っているようですが)
令和の「名札」についてみれば、「個人情報の開示制限」、「ストーカー防止」、「CS(顧客満足)」「セキュリティ」などの経営テーマから「名札」だけは例外のようです。
④「名札」の役割
●「顧客対応のため」から「デジタル管理のためのツール」という役割への変化があるようです。
・入退出のキー
・パソコンや端末操作のためのキー
と言った使用者認識の役割と言う大きな目的があるようです。
つまり、デジタル化の進展に伴い「顧客対応という役割」よりも「認識証という役割」の比重が重くなったからでしょう。
⑤紛失した時の対応
ここまでくると紛失したときは大変なようです。
セキュリティに大きく影響しますから。
私の銀行では昭和の時代でも「紛失」は始末書が必要でした。
プラスチック製のため壊れることもよくあり壊れた実物が残っていたら始末書は不要で取り換えていただけるというルールでした。
⑥不思議な点
これほどまでにデジタル化が進んだ産物として変化した「名札」ですが、「顧客に見せる」ものから「機械に読み取ってもらうもの」に変わってしまったようです。
バーコードやQRコードで情報は読み取れるのですから、なぜ本来の役割である名前の表示が小さな字でしかもフルネームで書いてあるのか不思議でなりません。
高齢化社会を迎え「老眼鏡」でなければ読めない顧客が増えたにもかかわらず「名前」が小さいというのもいかがなものかと思います。
また「下の名前」まで必要かどうかも考えどころです。
デジタル化と顧客志向のミスマッチに誰もお気づきにならないのでしょうか。。。。
デジタル化の中にも上手にアナログの発想を被せていくことも必要なのです。
「菅政権」の3週間 [少し政治的な話を。。。。]
菅さんが総理大臣になって3週間が過ぎたそうです。
もともと好きなタイプではない人が首相になったこともあり「今一つ関心がわかない」と言うか心に響いてきません。
安倍さんが「言葉の遊び」で糊塗された総理大臣だったとすれば、菅さんは「強権的」な印象だけが残ってしまいます。
安倍首相の場合は派手な「言葉遣い」が先行し、陰でやっていたことは「お友達のため」の胡散臭いものが絶えずついて回りました。
他方、菅首相の場合は「国民のため」「国民の利益のため」と言う割には唐突で全体像が見えてこない感じがします。
総裁選挙のときに突如出てきた「パンケーキ」「たたき上げ」と言う柔らかい印象が先行した割にはマスコミを通じて伝わってくる印象は「強権的」もっと言うと「軍国主義の時代の政府のよう」な気がしてきます。
例えば、
●日本学術会議の件
あまりにも唐突です。
しかも色分けされてしまっています。
「激変緩和」と言う言葉が世の中にはありますが、もう少し時間をかけて取り組むべきテーマでした。
「なぜこの時期に?」と言う印象です。
・行政組織に組み込まれていること
・そもそも何をやっている組織かよくわからない
・「戦争協力への反省」と言う割には国にべったり
と言う日本学術会議です。
行政改革の一環として見直し対象にして国民的合意をとるべきでした。
「学問の自由」云々よりも、政府筋も学者さんたちも原点に返って議論するテーマのような気がします。
●携帯電話料金引き下げの件
具体的な着地イメージが見えてきません。
・たしかに安いに越したことはありませんが、「キャリア変更」までする気は私にはありません。
・Wi-Fi料金が高いこと、公共Wi-Fiが発達してないことにもっと光を当てていただきたいです。
おそらく「携帯料金」の高い理由は「通信料」と「機種代金」なのでしょうから、Wi-Fi料金の引き下げや利便が向上すれば「通信料」は下がるはずです。
・コロナでリモートの有用性が高まった現在、Wi-Fi料金(インターネット接続料金)が高いままでは携帯料金が引き下げられても家庭の通信費は高止まりしてしまいます。
●デジタル庁の件
・マイナンバーの活性化による国民情報の一元管理を狙うのか?
・役所間の情報システムの統合と日常使いを優先するものなのか?
よくわかりません。
全体像(着地イメージ)をもう少しクリアにしていただきたいと思います。
●ハンコの件
たしかにばかばかしい押印もありますが、現実にはお役所もかなり弾力化が進んでいます。
他方、権利義務を明確にする方策が不十分なまま「ハンコ不要」論が先行してしまう怖さがあります。
フレームワークを早く掲げてほしいものです。
●「改革」の件
「既得権益」「悪しき前例」の打破、「規制緩和」「改革」もいいのですが、「手あたり次第」感があります。
世の中のルールと言うのは意外にも合理的な歴史の産物であることも多かったりします。
「改革」ありきで虫眼鏡で好物を見るような政治になってしまいそうな気がします。
●ふるさと納税の件
菅首相が総務相の頃にスタートした制度だとか。
レビューはなさらないのでしょうか?
「金持ち優遇」「返礼品ありき」ではないでしょうか?
コロナで税収が大きく減り、他方、公的支出が増える時代にマッチする政策なのでしょうか?
地方の産業育成になっているのでしょうか?
ざっと思いつくだけでもこれくらいあります。
「国民のため」「国民の利益のため」とおっしゃる「国民」は誰のことなのでしょうか?
NHKの連続テレビ小説「エール」では戦争中の様子が舞台になっています。
NHKなりに控えめな部分もあるのでしょうが、有無を言わせない「軍国主義」「強権発動」の片鱗をうかがうことができます。
「エール」を見ていると菅内閣の仕事ぶりがかぶってしまうのは私だけでしょうか?
もともと好きなタイプではない人が首相になったこともあり「今一つ関心がわかない」と言うか心に響いてきません。
安倍さんが「言葉の遊び」で糊塗された総理大臣だったとすれば、菅さんは「強権的」な印象だけが残ってしまいます。
安倍首相の場合は派手な「言葉遣い」が先行し、陰でやっていたことは「お友達のため」の胡散臭いものが絶えずついて回りました。
他方、菅首相の場合は「国民のため」「国民の利益のため」と言う割には唐突で全体像が見えてこない感じがします。
総裁選挙のときに突如出てきた「パンケーキ」「たたき上げ」と言う柔らかい印象が先行した割にはマスコミを通じて伝わってくる印象は「強権的」もっと言うと「軍国主義の時代の政府のよう」な気がしてきます。
例えば、
●日本学術会議の件
あまりにも唐突です。
しかも色分けされてしまっています。
「激変緩和」と言う言葉が世の中にはありますが、もう少し時間をかけて取り組むべきテーマでした。
「なぜこの時期に?」と言う印象です。
・行政組織に組み込まれていること
・そもそも何をやっている組織かよくわからない
・「戦争協力への反省」と言う割には国にべったり
と言う日本学術会議です。
行政改革の一環として見直し対象にして国民的合意をとるべきでした。
「学問の自由」云々よりも、政府筋も学者さんたちも原点に返って議論するテーマのような気がします。
●携帯電話料金引き下げの件
具体的な着地イメージが見えてきません。
・たしかに安いに越したことはありませんが、「キャリア変更」までする気は私にはありません。
・Wi-Fi料金が高いこと、公共Wi-Fiが発達してないことにもっと光を当てていただきたいです。
おそらく「携帯料金」の高い理由は「通信料」と「機種代金」なのでしょうから、Wi-Fi料金の引き下げや利便が向上すれば「通信料」は下がるはずです。
・コロナでリモートの有用性が高まった現在、Wi-Fi料金(インターネット接続料金)が高いままでは携帯料金が引き下げられても家庭の通信費は高止まりしてしまいます。
●デジタル庁の件
・マイナンバーの活性化による国民情報の一元管理を狙うのか?
・役所間の情報システムの統合と日常使いを優先するものなのか?
よくわかりません。
全体像(着地イメージ)をもう少しクリアにしていただきたいと思います。
●ハンコの件
たしかにばかばかしい押印もありますが、現実にはお役所もかなり弾力化が進んでいます。
他方、権利義務を明確にする方策が不十分なまま「ハンコ不要」論が先行してしまう怖さがあります。
フレームワークを早く掲げてほしいものです。
●「改革」の件
「既得権益」「悪しき前例」の打破、「規制緩和」「改革」もいいのですが、「手あたり次第」感があります。
世の中のルールと言うのは意外にも合理的な歴史の産物であることも多かったりします。
「改革」ありきで虫眼鏡で好物を見るような政治になってしまいそうな気がします。
●ふるさと納税の件
菅首相が総務相の頃にスタートした制度だとか。
レビューはなさらないのでしょうか?
「金持ち優遇」「返礼品ありき」ではないでしょうか?
コロナで税収が大きく減り、他方、公的支出が増える時代にマッチする政策なのでしょうか?
地方の産業育成になっているのでしょうか?
ざっと思いつくだけでもこれくらいあります。
「国民のため」「国民の利益のため」とおっしゃる「国民」は誰のことなのでしょうか?
NHKの連続テレビ小説「エール」では戦争中の様子が舞台になっています。
NHKなりに控えめな部分もあるのでしょうが、有無を言わせない「軍国主義」「強権発動」の片鱗をうかがうことができます。
「エール」を見ていると菅内閣の仕事ぶりがかぶってしまうのは私だけでしょうか?
ネットで簡単な「国勢調査」だけど。。。。 [どう受け止めたらいいのか]
今日は「国勢調査」のネット回答の最終日です。
おそらくインターネットの方が手書き作成よりははるかに簡単だと思われます。
ただ、作成していて思ったのは、
「この調査は何に使うのだろう?」
と言うこと。
妙に就業状態の質問が細かい。
そこまで必要なのでしょうか?
「国勢」と言うにはなんだかなあ!と言う感じ思えてしまいます。
今はやりの「改革」の対象にはならないのでしょうか?
日本マスコミによるトランプ大統領のコロナ感染報道の違和感 [どう受け止めたらいいのか]
選挙まで1か月足らずとなったアメリカ大統領選挙。
ここにきて現職トランプ大統領がコロナに感染したとか。
昨日(10月5日)のテレビのニュース番組の多くがトランプ大統領のコロナ感染とその様子をトップで時間をかけて取り上げていました。
まるで日本の国家元首がトランプ大統領であるかのように。。。。
世界中のマスコミの関心が高い現職アメリカ大統領に関わることですからおそらく重大ニュースであったのでしょう。
ただ、
●日本の国民生活にどのくらい影響のあることだったのでしょう?
●あそこまで事細かく報じる必要があったのでしょうか?
●大統領選挙を直前に控え、かつ民主党のバイデン候補との人気が伯仲する中、トランプ大統領のことばかり報じる意味や意義はどこにあるのでしょうか?
●まるでトランプ大統領を応援するかのような日本マスコミの報じ方はなぜか?
等々違和感たっぷりです。
・トランプ大統領の病状次第では日本に大きな影響があるのでしょうか?
・1か月もすれば新しいアメリカ大統領が決まるというのに片方の候補に肩入れするかのような伝え方でいいのでしょうか?
本来なら国内の重要ニュースもたくさんあったはずです。
まるで新装なった菅内閣に遠慮するかのような話題のすり替えに見えてしまいます。
日本のマスコミが毎日どんなことを伝えたいのかと言うスタンスがよくわかりません。
昨日のニュース番組を見る限り日本のマスコミは日本国内のことには関心が二の次と言うスタンスが伝わってきてしまいます。
こういうマスコミが伝えるニュースらしきものにどこまで信頼や信用を寄せればいいのでしょうか?
誰も不思議に思わないのか?と思ってしまいます。
「若い女性の自殺増」と言う心配 [どう受け止めたらいいのか]
「30代以下の女性の自殺 去年比74%増加 新型コロナの影響も」(NHK 2020年10月2日)
「10代女性の自殺、8月は去年の約4倍 コロナ禍で何が」(朝日新聞 2020年10月3日)
先ごろ発表された自殺統計の数字を伝える報道ぶりです。
「若い女性の自殺者が増えている。30代以下の女性の8月の自殺者数は193人と前年8月に比べ74%も増え、とくに10代では去年の3・6倍にも上る。」(朝日新聞 2020年10月3日)
とも。
・コロナ騒ぎが始まってからの傾向なのか?
・8月単月だけの特徴なのか?
よくわかりませんが、自殺が増えるのはやはり社会病理の一つでしょう。
かつて若い女性は「消費の主役」「ファッションリーダー」と言われ世の中の花形でした。
コロナの感染蔓延で、
●仕事を失い経済的に立ち行かなくなった
●外出自粛で孤独感、孤立感が高まった
こと等から厭世観が高まったことによるとでも言いたいのでしょうか?
しかしマスコミの報道は続いていかないようです。
●たまたま8月の自殺者が多かったのか?
●趨勢的な自殺の動向はどうなのだろうか?
●地域性はあるのか?
●就業状況はどうだったのか?
等々の実情はあまり伝わってきません。
ファッションや生活スタイルやSNSでは今でも主役の座にあるはずの若い女性に何が起きているのでしょうか?
新型コロナの世界的な感染拡大はいろいろな角度で見ていかなければいけません。
●派手に見えた生活スタイルも続かなくなったのか?
●手に職のない働き方では仕事がなくなってしまったのか?
●コロナ騒動が収束すれば事態は改善するのか?
●自由な一人暮らしが増えた反動による孤独感・孤立感が高まったのか?
マスコミの伝えぶりからは何もわかりません。
「これから年末にかけて自殺が増えるのでは」と言う見方をなさるなんでもコメンテーターの方もいらっしゃいます。
一つ一つの交通事故の報道では深刻な伝え方をするマスコミも「自殺問題」については控えめな報道ぶりに見えてしまいます。
GoToトラブルの笑顔を伝える陰ではどんなことが起きているのでしょうか?
気になるのは「マスコミが伝えることが日本社会の実情すべてではなく、マスコミが控えめなところに日本社会の病理がある」のかもしれないということ。
こういうニュースの一つ一つに日本がこれから進んでいくための課題やヒントが隠されているはずです。
例えば「都会で一人暮らしの非正規雇用・フリーターの方の自殺」が多いというのなら、地方に生活の場を求めるという方策もあるはずです。
昔から「ピンチはチャンス」と言います。
「女性活躍社会」のはずが。。。。
実態の伴わない言葉の遊びでなければいいのですが。
「10代女性の自殺、8月は去年の約4倍 コロナ禍で何が」(朝日新聞 2020年10月3日)
先ごろ発表された自殺統計の数字を伝える報道ぶりです。
「若い女性の自殺者が増えている。30代以下の女性の8月の自殺者数は193人と前年8月に比べ74%も増え、とくに10代では去年の3・6倍にも上る。」(朝日新聞 2020年10月3日)
とも。
・コロナ騒ぎが始まってからの傾向なのか?
・8月単月だけの特徴なのか?
よくわかりませんが、自殺が増えるのはやはり社会病理の一つでしょう。
かつて若い女性は「消費の主役」「ファッションリーダー」と言われ世の中の花形でした。
コロナの感染蔓延で、
●仕事を失い経済的に立ち行かなくなった
●外出自粛で孤独感、孤立感が高まった
こと等から厭世観が高まったことによるとでも言いたいのでしょうか?
しかしマスコミの報道は続いていかないようです。
●たまたま8月の自殺者が多かったのか?
●趨勢的な自殺の動向はどうなのだろうか?
●地域性はあるのか?
●就業状況はどうだったのか?
等々の実情はあまり伝わってきません。
ファッションや生活スタイルやSNSでは今でも主役の座にあるはずの若い女性に何が起きているのでしょうか?
新型コロナの世界的な感染拡大はいろいろな角度で見ていかなければいけません。
●派手に見えた生活スタイルも続かなくなったのか?
●手に職のない働き方では仕事がなくなってしまったのか?
●コロナ騒動が収束すれば事態は改善するのか?
●自由な一人暮らしが増えた反動による孤独感・孤立感が高まったのか?
マスコミの伝えぶりからは何もわかりません。
「これから年末にかけて自殺が増えるのでは」と言う見方をなさるなんでもコメンテーターの方もいらっしゃいます。
一つ一つの交通事故の報道では深刻な伝え方をするマスコミも「自殺問題」については控えめな報道ぶりに見えてしまいます。
GoToトラブルの笑顔を伝える陰ではどんなことが起きているのでしょうか?
気になるのは「マスコミが伝えることが日本社会の実情すべてではなく、マスコミが控えめなところに日本社会の病理がある」のかもしれないということ。
こういうニュースの一つ一つに日本がこれから進んでいくための課題やヒントが隠されているはずです。
例えば「都会で一人暮らしの非正規雇用・フリーターの方の自殺」が多いというのなら、地方に生活の場を求めるという方策もあるはずです。
昔から「ピンチはチャンス」と言います。
「女性活躍社会」のはずが。。。。
実態の伴わない言葉の遊びでなければいいのですが。
半沢直樹と銀行のリアル [どう受け止めたらいいのか]
どんな職業でもテレビのドラマになるとオーバープレゼンスになるものです。
そうしないと面白くもなく見せ場も少ないでしょうから。
高い視聴率だった「半沢直樹」も先週の日曜日が最終回でした。
きっと多くの銀行員がご覧になったでしょう。
「こういうのあるかも」
「これはないな」
と思いはするものの「まぁテレビドラマだから」と納得しながら見た人が多かったはずです。
ただ、現実の銀行員の仕事はもっと地味で組織だって動いています。
私が現実との違いに触れると、
●コンプライアンス意識はもっと高い
気になったのは「法令」や「ルール」の順守状況が緩すぎること。
現実には内部検査や金融庁の検査も定期的にあり「半沢直樹」のような大胆な行動はありません。
銀行と証券のファイアーウォールはもっと厳しいものがあります。
※法規制がよく変わるため時代背景に照らすと異なる点もできてしまいますのでその点は悪しからず。
●情報セキュリティはもっと厳しい
・出向者と言えども現場に関係のないものは室内に入ることができません。
・他部署にも簡単には入ることができません。
・カメラ付き携帯は持ち込み禁止です。
●顧客情報は銀行内部者間でも簡単には口外できない
・ドラマでは顧客情報が簡単に流出していました。
・飲み屋や飲食店で顧客情報や行内情報の機微を話すことはない。
・廊下などでもあんなに話すことはないでしょう。
●役員室にはそう簡単には入れない
・内部と言えどもアポが必要です。
・呼び出されることもありますが、役員室への入退室は秘書を通さないとまず無理です。
●歌舞伎役者の口上のような会話はない
・「半沢直樹」がおもしろかったことの一つに出演者のセリフの妙がありました。ただ、銀行に限らずあんな話し方をする方はまずいません。
●個人プレーはまずない
・銀行と言うのは「組織で対応」する典型的な職場です。銀行員と話すと「本部が。。。」と言う言葉が耳に残るはずです。
単独で動き回ることはまずありません。
●「時間外勤務」には厳しい
・「サービス残業」「風呂敷残業」等々と労働基準局に何度も目をつけられていますので、「時間外管理」はものすごく厳しいものがあります。
夜中に動き回ったりと言うこともまずありません。
・入退出やパソコンを立ち上げた瞬間から時間外管理が始まります。
●「出張命令」や「外出管理」は厳しい
・半沢直樹ほどフリーハンドで出張したり外出することもありません。
●あそこまで「派閥」は露骨ではない
・私自身が派閥に関心がなかったこともありますが、どの銀行でもあそこまで「派閥」意識が高くはないはずです。
・役員会でも「その他大勢」的な役員はいないはずです。また「部長」の姿なく「次長」が役員会で発言することもないでしょう。
●国税調査の時はコピー機を用意する(移動させられる)必要がある
・ドラマでも国税調査が入った時には検査官のいる会議室にコピー機を移動させられるケースがありました。これは現実でもやらされたことがあります。
面白いドラマほど現実とは違うものです。
リアルに近かったらきっと面白くないでしょう。
実際の銀行員の職場はもっともっと淡泊なあるいは淡々としたものかもしれません。
正直に言うと最終回は短い時間枠に話題がてんこ盛り過ぎた感じがしました。
そうしないと面白くもなく見せ場も少ないでしょうから。
高い視聴率だった「半沢直樹」も先週の日曜日が最終回でした。
きっと多くの銀行員がご覧になったでしょう。
「こういうのあるかも」
「これはないな」
と思いはするものの「まぁテレビドラマだから」と納得しながら見た人が多かったはずです。
ただ、現実の銀行員の仕事はもっと地味で組織だって動いています。
私が現実との違いに触れると、
●コンプライアンス意識はもっと高い
気になったのは「法令」や「ルール」の順守状況が緩すぎること。
現実には内部検査や金融庁の検査も定期的にあり「半沢直樹」のような大胆な行動はありません。
銀行と証券のファイアーウォールはもっと厳しいものがあります。
※法規制がよく変わるため時代背景に照らすと異なる点もできてしまいますのでその点は悪しからず。
●情報セキュリティはもっと厳しい
・出向者と言えども現場に関係のないものは室内に入ることができません。
・他部署にも簡単には入ることができません。
・カメラ付き携帯は持ち込み禁止です。
●顧客情報は銀行内部者間でも簡単には口外できない
・ドラマでは顧客情報が簡単に流出していました。
・飲み屋や飲食店で顧客情報や行内情報の機微を話すことはない。
・廊下などでもあんなに話すことはないでしょう。
●役員室にはそう簡単には入れない
・内部と言えどもアポが必要です。
・呼び出されることもありますが、役員室への入退室は秘書を通さないとまず無理です。
●歌舞伎役者の口上のような会話はない
・「半沢直樹」がおもしろかったことの一つに出演者のセリフの妙がありました。ただ、銀行に限らずあんな話し方をする方はまずいません。
●個人プレーはまずない
・銀行と言うのは「組織で対応」する典型的な職場です。銀行員と話すと「本部が。。。」と言う言葉が耳に残るはずです。
単独で動き回ることはまずありません。
●「時間外勤務」には厳しい
・「サービス残業」「風呂敷残業」等々と労働基準局に何度も目をつけられていますので、「時間外管理」はものすごく厳しいものがあります。
夜中に動き回ったりと言うこともまずありません。
・入退出やパソコンを立ち上げた瞬間から時間外管理が始まります。
●「出張命令」や「外出管理」は厳しい
・半沢直樹ほどフリーハンドで出張したり外出することもありません。
●あそこまで「派閥」は露骨ではない
・私自身が派閥に関心がなかったこともありますが、どの銀行でもあそこまで「派閥」意識が高くはないはずです。
・役員会でも「その他大勢」的な役員はいないはずです。また「部長」の姿なく「次長」が役員会で発言することもないでしょう。
●国税調査の時はコピー機を用意する(移動させられる)必要がある
・ドラマでも国税調査が入った時には検査官のいる会議室にコピー機を移動させられるケースがありました。これは現実でもやらされたことがあります。
面白いドラマほど現実とは違うものです。
リアルに近かったらきっと面白くないでしょう。
実際の銀行員の職場はもっともっと淡泊なあるいは淡々としたものかもしれません。
正直に言うと最終回は短い時間枠に話題がてんこ盛り過ぎた感じがしました。
頭でわかっていても身体がわかっていないコロナ対策 [新型コロナ]
先日のことラジオの進行役の方が、「朝の通勤電車に乗ったらびっくりした。乗客の皆さんがマスクをしていた。うちの放送局のスタッフは半分くらいしかマスクをしていない」と。
「ふざけるなぁ!」です。
彼はどちらかと言うと何事にも批判的なコメンテーターの方に入る方。
今までどんなスタンスでコロナ対応批判や対策報道をしていたのでしょう。
口だけ番長だったのか。
彼だけではありません。
●今朝の通勤電車に一番最後に乗り込んできた女性の方
ドア付近に立っていた私のそばで私の方にお尻を向けて立つと、スマホでラインメール開始。
「今日は〇〇線も××線もいつもより混んでいる」
と言った内容のもの。
私から丸見えです。
彼女のお尻が私にあたりそうになります。
私はと言えば手を挙げためんどくさい姿勢で立つことに。。。。
「あんたが乗ってこなかったら混んでなかったよ」
と言ってやりたくなります。
●ホームのエスカレータは「密」状態
「一段置き」くらい間を空けなよ!
と言いたくなります。
エスカレータの手前も「密」。
私は急がなかったので最後尾に。。。
気のせいか「手すり」を持つ方がずいぶん少ないこと。
将棋倒しにならねばいいけどと心配もしたり。
軍手が欲しくなりました。
●ある列に並んでいたら平気で割り込む高齢者
ディスタンスをとって並んでいたこともあり、平気で割り込んでこられました。
ここも急がなかったので「年寄りは仕方がないなぁ!」の体でお譲りすることに。
お嬢さんなのか息子のお嫁さんなのか50前後の御婦人が少し離れたところで世話を焼いていらしたようでした。
言って聞かせても身体はついていかないのでしょう。
コロナ以前の問題。
●マスクをしない人に言い聞かせてあげたいこと
・「俺はコロナは怖くない」
・「私はコロナではない」
とご自身で思っていらっしゃるのかもしれないが、他人はあなたがコロナ感染者か否かなんて知りません。
私がマスクをする理由は、「他人様からコロナなどの感染症をもらいたくない」から。
「それならお前だけがすればいい」と言うご意見があるかもしれませんが、「密」になるところでは多くの人がマスクをすることで飛沫は減るはず。
午後の電車には、マスクをしていない若い女性が一人いました。
彼女の座席の前には気のせいか人が立っていなかったような。。。。
正義の味方発言は多いけど、言行不一致の人もコロナ対策にはいる。
それはそうと「アベノマスク」のデザインが良かったら、今頃は安倍さんはヒーローだったかも。
非常用に置いてあるけど。。。。
看護師さんたちのGoTo [新型コロナ]
東京もGoToトラベルの仲間入りをしました。
9月の半ばのこと、都内のある大病院の看護師さんたちと話しました。
「GoToトラベルでどこかに行くの?」
と。。。。
看護師さん曰く、「『こういうご時世だからGoToや会食は控えてほしい』との要請が出ている」のだとか。
安心しました。
「万が一を考える」と確かにそうです。
地方から上京している若い看護師さんもお盆の帰省は断念したのだとか。
「私の経験では「口うるさい上司のいる企業は危機に強いよ」」と申し上げておきました。
彼女たちのプライドから考えれば言うまでもないことですが。。。。
GoToキャンペーン(GoToトラベル)のことを報じるテレビ番組を見て思うのは、
●東京の移動自粛がなかったら、特にGoToキャンペーンがなくても多くの人は旅行に行ったのではないか
●あの「10万円騒ぎ」など関係なかったのかもしれないかも
と言うこと。
世の中は光の当て方で何とでも表現できるようです。
東京のコロナ感染者は減る気配はありません。
「PCR検査の件数が増えたから」と言ってしまえば簡単ですが、検査をしなければ無発見の感染者がそばにいるということ。
これもマスメディアの光の当て方次第で受け止め方はいろいろと変わってしまいそうです。
一つだけ言いたいのは、だれもが「コロナに感染したくない」と言うこと。
マスコミはここのところを忘れないようにしてください。